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第155話
「先生の声は聞き取りやすくて、太宰治なんかでも鮮やかに場面が思い浮かんで、ラノベ以外の小説も読むようになったのは先生の影響です」
読み終えると、ひとりの女子がそう言い、彼女の友人が大きくうなずいた。
「矢木ちんも、おんなじこと言ってたよね。『三枝っちが小一のときの担任だったら読書家になってた』とか」
光栄だね、と微笑みを浮かべながら三枝はがらんとした教室を見回した。
窓から数えて三列目の、後ろから二番目が矢木の席だ。今、その席には〝再見 、卒業式に!〟と綴られたメモ用紙が貼りつけられているきりだ。
眼鏡を押しあげた。四月からこっち、とりわけ三学期がはじまってからは、板書をノートに書き写している機会を利用して矢木を眺めるのが密かな楽しみだった。
白い歯がこぼれたかと思えば眉根を寄せたり、と万華鏡のように表情がくるくると変わって見飽きることがなかった。
と同時に砂時計の砂がさらさらと落ちるというイメージが視界いっぱいに広がって、そのたび胸を締めつけられた。
彼がいない教室は灰色にくすんで見える。
それが意味するところを突き詰めて考えると、文庫本を持つ手に思わず力が入り、心象風景めいて表紙に皺が寄る。
卒業式は三月の第一金曜日に執り行われ、その日までひと月を切った。
矢木が学び舎を巣立って以降は、切なさがつのるばかりかもしれない。校舎のそこここに、彼の幻影を探し求めてしまうかもしれない。
生徒たちは完全に雑談モードに入り、チョークをケースにしまう三枝をよそに、こんな話題で盛りあがる。
「矢木ちんは、ちょっとイケてるよね。顔もノリもコミュ力も合格点以上だし、気づかいもできる子だし。あたし、彼女にしてもらおっかなあ」
「でも、あいつ県外の大学を受けるじゃん。いきなりプチ遠恋じゃ悲惨だよ?」
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