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第159話

 命綱にしがみつくように、しなやかな指を握りしめて額をすりつけるあたり、プレッシャーに押しつぶされそうになっているらしい。  苦しい時の神頼みというノリであろうがなかろうが、おれを頼ってきてくれた。  恥も外聞もかなぐり捨てたすがりつきように、三枝は胸が一杯になった。  ありったけの力で握られた指はみしみしと軋むようだが、ちっとも痛みを感じない。むしろ、そうすることで矢木の心が安らぐというのなら、指をへし折ってくれてもかまわない、とさえ思う。 「……受かる、受かる、受かる……」  自己暗示をかけるように、受かると、とめどなく紡ぐたびに震える肩を抱いてあげたい。合格まちがいなし、と囁いてあげたい。  ひりつくほどの衝動に駆られる反面、それは教師と生徒の間で通常許されるスキンシップの範囲を超えている。  職分を逸脱した行動に出てはならない。三枝は自分にそう言い聞かせて、両手をゆだねつつも、身動きひとつしなかった。  だが、忍耐力を試されているようでもあった。今しも触れ合わさった指を通して温かで清らかなものが流れ込んでくるようで、それは愛しい、と呼ぶにふさわしい感情なのだから。  一時(いっとき)、武内と自分の間に絆が存在したように思えたが、あれはまやかしにすぎなかった。  では矢木と自分を結び合わせる兆しを見せる(えにし)の糸は本物……?  三枝はぎくりとして、椅子をこころもち後ろにずらした。  かたん、と椅子の足が床をひと叩きしたのを最後に、進路指導室は沈黙に包まれた。切々とした〝受かる〟に代わって、壁時計が時を刻む音だけが響く。  一対の彫像と化したかのごとく、接する肌の境目がだんだん消え失せていくような感覚をただ分かち合う。  ただし三枝にとっては拷問に等しい面があった。しっとりと汗ばんでいく掌に、武内のそれに対してより何万倍もときめく。  節操なし、と自分を罵っても心が揺れ動くのを止められない。ついに手がほどかれたさいには魂の一部をもぎ取られたように感じて、胸を押さえた。

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