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第164話
ぎくりとして、窓を振り返った。
校門の方角でこだました今の音は、自動車が急ブレーキをかけたさいに発せられたものとおぼしいが、コンパクトカーのそれより腹にずっしりと響いた。おそらくバスかトラック。
前を走る車の積み荷が落下したとか、対向車がセンターラインを大きくはみ出してきたとか。運転手は、どんな危険を避けるためにブレーキを踏んだのだろう。
胸騒ぎがして腕時計を見る。バス通学の矢木は、今日の行き帰りにもバスを利用するはずだ。
ただしこの路線は、日中は極端に本数が減る。時間的に、停留所のベンチにつくねんと座っているころだ。
まさかと思うが、まさかということがある。矢も盾もたまらず表に飛び出し、一年生の男子が持久走のタイムを測定しているところに乱入した。
呆気にとられたふうの体育教師と生徒をよそにグラウンドを突っ切り、校門をくぐる。
なだらかな上り坂に沿って桜並木が天然のアーチを形作り、それのとば口に停留所がある。そこまでたった数十メートルにもかかわらず、遥か彼方に位置するように感じられる。
停留所まで行き着かないうちに、ぞっとする光景が目に飛び込んできた。トラックが運転席を路肩に向けて、道路を斜めにふさぐ形で停まっている。
スリップ痕がアスファルトに黒々と伸びて、ゴムが焼ける臭いが鼻をつく。
運転手がフロントグリルの横にかがみ込んで、そのかたわらにはダウンジャケット姿の男子が、頭を向こう向きに仰向けにひっくり返っていた。
片方の肩紐がちぎれたリュックサックが腕の下敷きになっていて、転倒したさいの衝撃の大きさを物語る。
血の気がひいて立ちすくむ。あそこに倒れているのは、まさか本当に矢木だろうか。
「違う、絶対に違う!」
そうだ、名ランナーの矢木に限って、雪道以外の場所で転ぶわけがない。
だが、あのダウンジャケットも、あのリュックサックも見覚えのある品だ。
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