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第165話
「矢木くん!」
息せき切ってトラックに駆け寄るにつれて、眼鏡が跳ねて鼻梁を打つ。心臓はもっと速いテンポで踊り狂う。
アスファルトで膝をしたたかに打ちながら、矢木のそばにしゃがむ。それすらもどかしく、ぐったりと横たわる躰に手を伸ばした。
ひと息に抱き起こそうとして、ためらう。頭を打っていた場合、下手に動かすと脳にダメージを与えることもありうる。
スラックスの尻ポケットをまさぐって舌打ちをした。119番しようにも、スマートフォンは教科準備室の机の抽斗 に入れっぱなしだ。
「轢 いてない、ぶつかっていない、こいつが飛び出してきて勝手に転んだ!」
鋭い目つきで、わめき散らす運転手を射すくめておいて、息を殺した。矢木の全身に隈なく目を走らせる。
気絶しているということは脳震盪を起こしている可能性が高いが、正確な怪我の程度は? 躰の下に血だまりが広がっていく様子も、手足がありえない角度に曲がっている様子もないものの、素人判断は禁物だ。
学校にAEDを取りにいって蘇生術をほどこすべきだろうか。
野次馬がスマートフォンを掲げ気味にひとり二人と集まってきて、動画を撮りはじめる。トラックをどかせ、と後続車がクラクションで急かす。
119、と叫び返すと、三枝はなかば矢木に覆いかぶさった。自分の躰を楯にして矢木を撮らせまいと躍起になる一方で、この構図に既視感 を覚える。
文化祭の演し物の〝白雪姫〟で、王子を演じていた生徒が怪我をしたために、急遽代役を頼まれたときのこと。
白雪姫に扮した矢木が毒リンゴをかじって仮死状態に陥った場面で、ふりとはいえ彼にくちづけた。
今回もキスが気つけ薬の役目を果たすというなら、公衆の面前であろうとかまわない。いくらでも矢木にキスをする。
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