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第168話

 羽毛が、ひらひらと舞い散る。矢木が鉤裂きのできた胸元をつまんで、眉を八の字に下げた。  生け垣越しに庭を覗き込むと、すたこらさっさと走り去っていく後ろ姿に向かって拳を振りあげた。 「こら、恩知らず。弁償しろ!」  と、がなりたてたるそばから戦法を変えて、チッチッ、と舌を鳴らす。  何事にも全力投球といったさまがツボにはまった。三枝は噴き出し、髪の毛にくっついた羽毛をつまみ取ってあげた。  照れ笑いが眩しい。陽だまりで憩うているように躰じゅうがほかほかしてきて、心の奥底に刺さったままだった〝武内〟という棘が溶けてなくなる。 「三枝先生、何かあったんですか」  血相を変えて飛び出していったっきり戻ってこないとあって、深刻な事態が発生したのでは、と案じていたのだろう。体育教師が校門から顔を覗かせた。 「なんでもありません、お騒がせしました」  ぺこりと一礼して返す。土の香りを含んだ豊かな風が、見つめ合うふたりの頬を(ひと)しく撫でていくなか、路線バスがカーブの向こうから姿を現した。 「聞き飽きていると思うけど、筆記用具および受験票を忘れないように注意して。吉報を期待している。それから……」    三枝は、ことさら鹿爪らしげに言って聞かせた。矢木が殊勝にうなずくのにつられて()の自分に戻り、目縁を赤らめて言葉を継いだ。 「第二ボタンを楽しみにしている」  第二ボタン、と矢木はおうむ返しに呟いた。パスケースをポケットから取り出している間に、言外に匂わされた意味が正しく理解できたのだろう。  ダウンジャケットをはだけるなり、ブレザーのボタンを引っぱった。 「ぴかぴかに磨いて進呈します!」  三枝は反射的に飛びのいた。抱きしめられる予感がしたからで、矢木は案の定、勢いあまってつんのめる。  桜並木が陽射しを浴びて華やぐ。今はまだほつれたレース編みのように貧相な枝々が、蕾を宿して微かに膨らんでいた。

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