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第12章 弥生

    第12章 弥生  卒業証書が授与される段で、涙ぐむ生徒が倍増した。送辞につづいて答辞とプログラムが進むにしたがって、さざ波が立つように、父兄が次から次へと目許をぬぐいはじめた。  卒業生を送り出すのは、奉職してからこれで四回目だ。公私にわたって密度の濃い一年だったために、今回はひときわ感慨深い。  三枝はそう思い、スーツの胸ポケットに留めつけてある紅白の花リボンに触れた。  クリーニングしたての制服姿で畏まっている卒業生たちに、慈愛の眼差しを向ける。三枝自身がそうだったように、教師として母校に戻ってくる卒業生がひとりくらいいるかもしれない。  それはある意味、幸福の連鎖だ。  と、口許をほころばせたのもつかのま眉根が寄る。  国語科の教師陣と数学科の教師陣が横一列に並ぶという配列は、厭わしくも緊張を強いられるもの。今しも武内が、 「番犬が卒業しちまって淋しくなるな」  万雷の拍手にまぎらせて囁きかけてくると皮膚が粟立つ。 「どうだ、打ち上げに飲みにいかないか。水入らずで」  鼻で嗤って返した。それから、にこやかに皮肉る。 「出産費用を捻出するために出費は控え目に、では? 」  武内が舌打ち交じりに顔を背けると、心の傷にこびりついていたカサブタの、その最後の一片が剝がれ落ちたような爽快さを味わう。  三枝は居住まいを正した。まやかしの愛に惑わされたばかりに高い授業料を払う羽目になったものの、おかげでひとつ利口になった。  同じ過ちは犯さない。教える立場が逆転した形だが、矢木が真摯な言動で愛の本質とは何かを示してくれた。  音楽の教師が壇上に進み出た。在校生がピアノの伴奏で令和の時代の卒業ソングを合唱する。等身大の気持ちを歌った曲に対して、 「斉唱〝仰げば尊し〟。卒業生、起立!」  教頭が号令をかけたのを受けて、ステージ寄りにひと塊に並べられたパイプ椅子が一斉にがたつく。

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