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第173話

 という裏話はさておいて、澄んだ瞳で見つめられると、DNAが〝好きだ〟に書き換えられるようだ。  三枝から醸し出される、やわらかな空気感が好きだ。容姿や性格はもちろん、三枝のすべてが好きだ。  肚が据わった。足をそろえて背筋を伸ばし、恋してやまない男性(ひと)をまっすぐ見つめ返す。 「俺、先生が好きです。マジな恋愛感情です」  (こいねが)う色と狂おしさをない交ぜにはらんだ視線が、眉間にそそがれる。何もかもさらけ出すよう迫るそれに、おののきが走った。  三枝はうつむき、眼鏡を押しあげた。おれも同じ気持ちだと、ぽろりと言ったが最後、矢木の将来に暗い影を投げかけてしまうかもしれない。  第一、いわゆる傷物の自分は、きらきらしい彼にとうてい釣り合わない。 「今日はフラれても、あきらめません。現時点の俺にときめくなんてありえないってことなら、好きになってもらえるように努力しまくります。だけど年の差が、とか、立場上ヤバい、とか。ありがちな理由で拒むのは、なしっすよ」  半歩、詰め寄られてそのぶん後ろにずれた。  一対一で語らうのは、矢木が志望校の試験に臨む前々日以来のことだが、あれからひと月足らずの間に圧が強まった。度量の大きさではすでに負けている。  三枝は校章を握りしめた。真心がこもったものだと思うと、ピンに浮いた小さな錆さえ愛しい。  そうだ、矢木を嫌いになるのは、火星を探査するより遥かに難しい。 「プチ遠恋」  重い扉を開くようにそっと切り出すと、間の抜けた相槌が返った。 「このクラスの女子が、きみとつき合うにはプチ遠恋を覚悟しておかなくちゃと、うまいことを言っていたよ。自宅から通うには少し遠い大学だし、向こうでアパートを借りるとかするんだろう?」 「いちおう大学の寮に入る方向で」

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