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 石畳の上には足の踏み場がないほどの死体が転がっていた。それを足で払いながら、駆け寄ってきた警備兵の首をサーベルで跳ね飛ばす。殺された本人は何が起こったのか分からないままこと切れる。その目は大きく見開かれ返り血を浴びてずっしりと重くなった外套を払いのけたヘラルドを見つめていた。 「誰一人として、この国に残すものか……」  街の至る所に設置した時限発火装置が作動し、火の手が上がる。猛毒入りの水を飲んだ者が苦悶の表情を浮かべたまま街のあちらこちらに横たわっていた。  朝、城を出てからどのくらいの時間が経っただろう。ヘラルドは数えきれないほどの警備兵と民衆を殺めた。  陽気に挨拶を交わしてきたパン屋の主人、美しい髪を結いあげた花屋の看板娘。そして、自身の部下である家臣や警備兵。  その血を吸い込んだ黒い外套はもはや、ヘラルドが内に持つ闇を表すかのような色へと変わっていた。  血を滴らせたサーベルを手にしたまま街を歩く。訳の分からない恐怖におびえる民衆の声と、それを制圧する警備兵の怒号が耳に心地よい。  なぜ死ななければならないのか? 罪など犯していない……。  誰もがそう思い、嘆くことだろう。だが、この国に住む者は全員大罪を犯している。  シルビオ王の目に適い、交尾をし彼の子を身籠るかも知れないという罪。  この国で彼の目に触れること自体が罪なのだ。 「私は罪人を処刑しているだけ……。罪深き民よ……自身を恨め」  馬を駆り、城へと続く石畳を走り抜ける。薄闇が辺りを包み込み、街から上がる炎があの夜を彷彿とさせた。  城壁が見え始めた頃、同じく馬を駆ってヘラルドに近づいた警備兵が真っ青な顔で叫んだ。 「ヘラルド様! 街が大変なことに……。各所に配置していた警備兵も全滅です」  命からがらというような形相で近づいた警備兵は、返り血を浴びたヘラルドを見てぎょっとした。 「ヘラルド……様?」 「――ご苦労でした。もう、貴方の役目は終わりです。ゆっくり休んで下さい」  そう言うなり、真っ赤に染まったサーベルを引き抜くと、馬上の警備兵の喉に刃先を突き立てた。 「ぐがぁ!」  何とも言えない声を発し、そのまま落馬した彼を冷めた目で見おろしたヘラルドは、自身の体が燃えるように熱くなり始めていることに気付いた。  城の上部――街を一望できる部屋から漂う、この上なく甘く妖艶なオスの匂い。 「あぁ……シルビオ様。私を求めているのですね……。すぐに参ります……」  抑制剤の効果も間もなく切れる頃だ。そうなればただの獣としてシルビオを求め、貪る。  長く伸びた牙、血に濡れた爪先に舌を這わせ、うっとりと最愛の男がいる部屋を見上げる。  火の手は乾燥した風に煽られ、あっという間に街中に広がり、あらゆるものを包み込んだ。  遠くで爆発音が聞こえる。谷間に響き渡った轟音にヘラルドは小さく舌打ちをして手綱を引いた。  城門の両脇に立つ屈強な大男が、戻ってきたヘラルドを見て息を呑んだ。  その様は業火の中に佇む悪魔のようで、二人は驚きを隠せなかった。 「ヘラルド様、これは一体何事ですか?」 「街は……この国はどうなっているのですか?」  緊迫した二人からの問いに、ヘラルドは至って冷静に応えた。 「あなたたちが心配することはありません。この国は永遠に……シルビオ様のものですから」 「え……」 「敵襲に備えて、その鎖を手放すことは許しませんよ。いいですか……しっかり腕に巻き付けておくのです」  馬から下りたヘラルドはゆっくりとサーベルを抜くと、渾身の力で大男の心臓を突き刺した。それは背後にあった石積みの城壁にまで貫通した。大きな頭をガクリと項垂れ、地面に足を投げ出すような姿でこと切れた門兵。それを見ていたもう一人の大男が一歩後ずさる。  腕に絡められた太い鎖がジャラリと鈍い音を発し、城門がわずかに軋んだ。 「――まだ、それを緩めてはいけませんよ。あなたたちには最後まで仕事をしてもらわないと」  ヘラルドは力任せに貫いたサーベルを引き抜くと、大量の返り血を浴びながら足を進めた。  綺麗に磨かれていたはずのブーツには黒く変色した血がこびりつき、禍々しいものへと変えていた。 「ヘラルド様……お気を確かに!」 「私はマトモですよ。あなたには私が狂っているように見えるんですか?」 「尋常じゃない……。あなたは……悪魔に魂を……売った」 「悪魔? もしこの世界にいるのであれば一度お目にかかりたいものですね。ですが……たとえ悪魔であろうとも王を穢す者は許さない」  一歩、また一歩と間合いを詰めるヘラルドに、城壁に阻まれて行き場を失う門兵。  そして……。 「この門を最後まで守ってください。私とあの方との二人だけの楽園を……」  牙を剥き出して笑ったヘラルドは、彼の額にサーベルを突き込むと、その刃を力任せに抉った。 「ぎゃあぁぁぁ!」  耳障りな絶叫と、飛び出した眼球。そして力なくその場に崩れ落ちた男の分厚い胸板をブーツの踵で踏みつけると、ヘラルドはこの上なく美しい笑みを浮かべた。  ジャラリと鎖が緩む音が聞こえ、ヘラルドはサーベルをそのままに城内へと足早に入っていった。  向かうは最愛の男、シルビオ王の部屋――。  静まり返った城内にヘラルドの靴音だけが響いた。その音は冷たく、だが心なしかリズムを刻むように聞こえた。  血で染まった両手を乱暴に外套で拭うと、だんだんと強くなるシルビオの匂いに呼吸が荒くなる。  ヘラルドの中にある隠された生殖器官が甘く疼き、その中に熱くて濃厚な子種を注ぎこまれることを待ちわびている。 「会いたい……。シルビオ様……。貴方の子を……孕ませて」  掠れた声で呟きながら、階段を駆け上がりシルビオの部屋へと急ぐ。  汚れた外套を脱ぎ捨て、乱れた髪を手櫛で整える。  これから与えられるであろう快楽と至上の愛を期待して……。  ヘラルドは恍惚の表情を浮かべたまま、重厚な木製のドアをノックした。

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