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(一)

 僕、佐々木(ささき)(りょう)の目が事故で見えなくなったのは八歳の時だ。  僕は視力が悪く眼鏡をかけていた。ある日の夕方、スイミングスクールの側で母さんが車を停めた。後部座席のシートベルトを外したところへ脇見運転の車が追突してきた。ぼくは助手席のヘッドレストに顔を突っ込んだ。眼鏡のレンズが割れ、目に突き刺さった。  医師はよくそれだけで済んだと言ったらしいが、僕にとっては「それだけ」ではない。光を完全に失ったのだから。  同時に失ったものがある。両親の期待だ。  第二次性徴期頃を境に発現する「第二の性」という物が発見されたのはそう古い話ではない。  男性にもかかわらず妊娠する者が出現したことと、いわゆるエリートの中にアルファと名づけられた第二の性別を持つ者が多く含まれていたことから研究が始まった。  その結果、大多数の者は第一の性が優先される第二の性別ベータであること、妊娠した男性はオメガという少数の特殊な第二の性別を持っていたことが確認された。  更に研究の結果、判明したのは次の五点。  1.オメガには発情期があること。周期はおおよそ一ヶ月に一週間であること。  2.発情期には特殊なフェロモンを放ち、第一の性が男性もしくは第二の性がアルファの者を惹きつけること  3.アルファと発情期のオメガが特に強く性的に引き合うこと。  4.アルファがオメガの(うなじ)を噛んで支配下に置く「(つがい)」形成の現象が起きること。  5.発情期のフェロモンは個人差はあるもの認知可能な香りを含み、香りの系統は遺伝によって決まること。  当初これらが発表されたことで混乱が起きたそうだが、今はもう受け入れられている。  ただ支配される性ということで「オメガが劣等である」という偏見が生じたのは、研究者も予想しなかったことだろう。  僕は、第二の性がアルファの両親の間に生まれた。当然両親からは第二次性徴期での第二性別診断がアルファであることを期待されていた。兄(ゆう)がベータであったため、よけい両親の期待を重く感じていた。  だが、事故で僕も両親の期待に添えなくなった。  両親は僕を見ているのも嫌になったのだろう。父の実家へ預けられた。否も応もない。僕はそれに従った。九歳の晩冬だった。

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