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 誰だろうか。  貴遠が鍵を忘れて出かけたのかもしれない。玄関はオートロックだった。 「貴遠…?鍵忘れたのか?」  言って、すぐさま鍵を開ける。  確認、するべきだったのだ。  ノブを回す前に、いきなり玄関ドアは開いた。  驚く間もなく、厚底の黒い革ブーツがドアと玄関の合間に突き刺さるように現れた。  アーマーリングで飾られた指が、見えた。細く、だが節ばった手。  この手をよく、知っていた。 「よォ、元気?シュウちゃーん」  ふざけたような、高い声が響いた。  黒い帽子を目深にかぶった男は、下からのぞき込むように愁の顔を見た。 「か…加瀬…?」  どうしてここにいるのか、信じられなかった。 「そう、俺」  ニタニタと笑う唇は、その動きからは考えられぬほど形は良いはずだった。  この男がもし物静かだったら、美しい人形を思わせる姿をしていた。大学内でも一、二を争う風貌をしていたに違いない。  男女分け隔てなく、彼を放ってはおかないだろう。だが、それは決定的に違った。  皆、口を揃えて、彼をこう呼んだ。  不安定な情緒を持ったナイフ。  つまりは、「危ないヤツ」という意味だった。 「あ、本当に家では裸なんだねぇ…」  言いながら、狭いドアの隙間をこじ開けるように加瀬は玄関の中へと入る。 「な、なんでお前が…?」  ドアを閉めようとするが、その手首をつかまれる。その爪は、黒いマニキュアが塗られていた。 「は、放せよ!」 「ヒドイな。なんだよその言い方。イテテ…あー、痛い」  バタンと、音を立てて玄関は閉まった。小さく、鍵がかかる音さえ、無情に響く。  加瀬は、鍵を見て、愁に向き直るとニタリと笑って見せた。 「コレ、オートロックなんだ?へぇえ、便利ー」  言って、ドアチェーンをかける。  嫌な予感がした。  愁が、後退るように下がると、加瀬は舌なめずりをした。  美しいはずなのに、ぞっと、背筋を冷たい何かが奔るのを愁は感じた。  逃げなければ、と頭に過った。  男友達が遊びに来た、そう思えばいいのか、そうとも思った。  が、知っていた。  この男に纏わる黒い噂を。

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