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加瀬は、予想では大学内のテラスにいるはずだった。
向かって一番奥。隅といえば隅だが、見晴らしがいい。その場所にいつも座り、何か本を読んでいることが多い。
黙って、読んでいれば、美男子か美青年か。見る者によっては女性にも間違われるはずだ。
加瀬が何者かを知らないものが話しかけ、睨みつけられ逃げ出すということがよく起こった。
睨むのはまだいいほうで、しつこく言い寄った者をレイプした、という噂が耳にされていた。
俺、何もしてないんだけど。
なぜ、性的な矛先が自分に向けられたのか、謎で、疑問だった。
共通点はあった。
二人ともパンクファッションで大学内でも浮いていることぐらいか。
それが気に入らないのか。
「わっかんねぇ…あーくそ、痛ぇ」
下半身を押さえて歩くわけにもいかないので、仕方なく小さく喚いた。
大学に着くと、真っ先にカフェテラスに向かう。愁は、脇目も振らずに加瀬の姿を探した。
加瀬は予想通り、いつもの様に、いつもの場所に座っていた。
頬杖を着き、長い足を延ばして軽く組ませている。つまらなそうに、単行本を片手に読んでいた。
「加瀬…!」
愁は、飛び掛かりそうな気持を抑えて、足早に近づいた。愁の勢いに驚いた隣の席の学生が席を立つ。
「…?」
加瀬は、ふと顔を上げた。
整った顔が、こちらを見た。片眉をわずかに上げ、不思議そうに愁を見た。
「何?何か、用?」
静かに愁に向って開いた口は、まるで別人だった。面食らって、愁は言葉を失った。
「な…、なにか、じゃない。写真は、あの…!」
「写真?」
「そうだ、お前が昨日持ってきた写真、どこにある?出せよ!」
「昨日?どこで、何の写真か、言ってもらわなければわからないな」
「な、何の…?あれは…あれ…ッ」
はっと、愁は口を閉じた。
耳まで赤くなっているに違いない。
「何の写真?」
下から覗くように見る加瀬の唇が、わずかに笑っているようだった。
加瀬は気付いていて、楽しんでいるのだ。
「…ッ、おまえ…ッ」
愁は堪えられなくなり、加瀬の胸倉を掴んだ。
周りの学生たちが、息を飲む気配がした。
加瀬は、胸倉を掴んだ愁の手首をそっと掴む。
一瞬、見上げた双眸が、冷酷なものにすり替わっていた。
「!」
ただ一瞬見据えられ、愁は何かを飲み込んだ。
静かに立ち上がった加瀬は、愁の手首を掴んだまま、ふと耳打ちした。
「ヤラシイ目ぇしやがって。もう濡らしてるのか?」
低く、零された言葉に、愁は背筋が痺れるような感覚に陥った。
気づけば、手を放していた。
ひそひそと、周りの学生がこちらを伺い、人を呼ぶ気配がした。
加瀬は、辺りを一瞥し、黙って去っていく。
愁は、現れた警備員に頭を下げた。
「…すみません。もう、大丈夫です」
謝罪を口にしたものの、大丈夫では済まされなかった。
このまま追いかければ、何が待っているのかは予想できた。だが、後戻りはできない。
愁は、猫が喧嘩を続けるように、加瀬の後を追った。
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