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 加瀬は、広い学内をどんどん奥へと入っていく。愁は小走りで追っているのに、徒歩である加瀬になかなか追い付かずにいた。  体は軋むように痛み、ますます遅れをとった。 「くそ…ッ」  本来なら、授業を入れていない日で、学内には来ないはずだった。  写真の件さえなければ、加瀬のことなど放っておきたかった。  貴遠にも、まだ会えていない。  貴遠。  会いたいのに。  忙しいのかもしれないけど、一週間も空けるなんて。  俺、レイプされちゃったよ。  貴遠だけに見せていた顔も、声も、身体も暴かれてしまった。  だから絶対に、貴遠のことは守ってみせる。 「痛…ッ」  チクリと、首筋が痛んだ。 「…あ…」  見れば、加瀬は図書館に入っていく。  中では、書棚に邪魔されて後を追えなくなる。愁は、唇を噛んだ。  遅れを取っている。このままでは逃げられる。  開いた自動ドアを抜け、閉まっていくドアの合間で、ふと加瀬が立ち止まった。  ゆっくりと、確かにこちらを見る加瀬と目が合った。 「!」  追われていることに、加瀬は気付いていた。  一瞬、歯を見せ加瀬は笑った。  小さく笑い、真顔に戻ると加瀬は奥から伸びる影の中に消えていく。 「逃がすかよ…!」  愁は、自動ドアが開くなり、辺りを見渡した。  カウンターは不在で、用事は事務所まで呼び出すように注意書きがあった。  薄暗く、静寂が満ちた空間に、微かな足音が響く。  癖のある音は、加瀬のブーツの足音だった。  階下から足音は聞こえた。愁は、音を頼りに階段を降りた。非常口の明かりが灯された扉が口を開いていた。紙の匂いが、より一層濃くなり、静けさも、より密度が増したようだった。  愁は、静かに扉を閉めると、中の音を伺いながら進んだ。  案の定、書棚に隠されて加瀬の姿は見えなかった。  足音も、途絶えていた。  耳を澄ましても、空調の音らしき静かなモーター音だけが響いている。

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