11 / 37
2-3
加瀬は、広い学内をどんどん奥へと入っていく。愁は小走りで追っているのに、徒歩である加瀬になかなか追い付かずにいた。
体は軋むように痛み、ますます遅れをとった。
「くそ…ッ」
本来なら、授業を入れていない日で、学内には来ないはずだった。
写真の件さえなければ、加瀬のことなど放っておきたかった。
貴遠にも、まだ会えていない。
貴遠。
会いたいのに。
忙しいのかもしれないけど、一週間も空けるなんて。
俺、レイプされちゃったよ。
貴遠だけに見せていた顔も、声も、身体も暴かれてしまった。
だから絶対に、貴遠のことは守ってみせる。
「痛…ッ」
チクリと、首筋が痛んだ。
「…あ…」
見れば、加瀬は図書館に入っていく。
中では、書棚に邪魔されて後を追えなくなる。愁は、唇を噛んだ。
遅れを取っている。このままでは逃げられる。
開いた自動ドアを抜け、閉まっていくドアの合間で、ふと加瀬が立ち止まった。
ゆっくりと、確かにこちらを見る加瀬と目が合った。
「!」
追われていることに、加瀬は気付いていた。
一瞬、歯を見せ加瀬は笑った。
小さく笑い、真顔に戻ると加瀬は奥から伸びる影の中に消えていく。
「逃がすかよ…!」
愁は、自動ドアが開くなり、辺りを見渡した。
カウンターは不在で、用事は事務所まで呼び出すように注意書きがあった。
薄暗く、静寂が満ちた空間に、微かな足音が響く。
癖のある音は、加瀬のブーツの足音だった。
階下から足音は聞こえた。愁は、音を頼りに階段を降りた。非常口の明かりが灯された扉が口を開いていた。紙の匂いが、より一層濃くなり、静けさも、より密度が増したようだった。
愁は、静かに扉を閉めると、中の音を伺いながら進んだ。
案の定、書棚に隠されて加瀬の姿は見えなかった。
足音も、途絶えていた。
耳を澄ましても、空調の音らしき静かなモーター音だけが響いている。
ともだちにシェアしよう!