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愁は、壁沿いを歩き、加瀬の姿を探した。
スニーカーの足音だけが響き、自分の呼吸音だけが耳に触れる。
愁は、フロアの最奥へ辿り着いてしまった。整然と並んだ書棚には、死角はないはずだった。
「いない…?」
呟いた声は、自分で思う以上に焦っていた。
もしかしたら、もっと下の階に行ってしまっていたのかもしれない。
「くそ…」
逃がした。
次に、いつチャンスが来るかはわからない。
額を、前髪を掻き上げた時だった。
「鬼サン、見ぃつけた」
聞き覚えのある、ふざけた声が、背後で響いた。
「じゃあ、次は俺が鬼ね」
小さく、喉を鳴らして加瀬が笑う気配がした。
愁は、背後を見ることも、見動くことも出来なかった。
動くことも出来ないのに、鼓動が跳ね上がり、苦しく息が詰まっていく。
背後から、細長く節ばった、黒いマニュキュアの指が目を隠すように塞ぐ。
冷えたアーミーリングが瞼を覆う。
「アレ?逃げないの?」
耳元に、煩いほど吐息がかかる。
「…ここは静かだね。ねェ?シュウちゃん?」
作られた暗闇の中、加瀬の声が響く。
「声を出したら、すぐに分かっちゃうね?」
タンクトップの裾を手繰る気配に、息を飲む。
成す術もなく、愁は手を握った。
加瀬は、息を吐くように小さく笑う。
「どこまで、我慢できるかなぁ?ねぇ?シュウちゃんは」
乳首のピアスに、加瀬の爪が触れる。軽く弾く様に、加瀬は弄ぶ。隠しきれない動揺が、愁の背筋を震わせた。
舐めるように指の腹で触れていた指先が、キュッと、乳首を摘まんだ。
「…ッ…」
「まだ、イけるよね?ねぇ?」
耳朶を、生温かく、加瀬の吐息と舌が撫でる。
瞼を塞いでいた指が、ふと鼻を撫で降ろし、唇に触れる。黒い爪は簡単に歯列を分け入り、舌を弄んだ。
「…っ、ぁ…」
舌を強引に愛撫され、吐息が漏れた。自分でも驚くほど熱いそれに、愁は眉を寄せた。
指を噛むことは指輪に邪魔をされてできなかった。
「ん…ぅ、む…」
溢れた唾液が、唇の端を伝い落ちる。
「そんなに熱くして…何を期待しているの?…オレのペニス、また、咥えたい?」
反応してはいけないのに、体が、強張るように背筋に痺れが奔り、悟られぬように、誤魔化す様に、愁は首を振った。
「そう」
トーンダウンした加瀬の声ともにその指が、きつく乳首を摘まんだ。
「ぁ、ア…ッ!」
愁は、我慢できずに声を上げ、背を仰け反らせた。
加瀬の指が口から引き抜かれる。
気付けば壁に押し付けられていた。
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