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5-1
カーナビが案内を終了したのは、廃ビルの前だった。
「へぇ、ムードありすぎ」
柳田はビルを眺めて若干退き気味に呟いた。その横で、愁は車を降り、入り口に向かって歩き出した。
「わ!ちょっ…待って、急ぎすぎ!」
慌てて、柳田が車を降りて愁の腕を掴む。
「まだ、応援が来てないんだ。気持ちはわかるけど、待って」
「…ケガしてるんだろ?」
「…そうかもしれないけど」
「すみません!やっぱり、俺…!」
「!」
愁は、柳田の腕を振り切ると、再び入口を目指し駆け出した。
「あー…しまった」
柳田は、首を傾げ頭を掻いた。
「あいつの血の気が多い時に…大丈夫かな」
思い出したように、柳田は後部座席からリュックを取り出す。
「まあ、俺は約束を守って貰えればいいんだけど」
柳田は廃ビルを見上げ、リュックから出したカメラでシャッターを切った。
廃ビルの中は、静寂が満ちていた。
口のドアは鍵もなく、あっさりと開いた錆び付いた音を立てて開くドアを潜り、愁は中へと滑り込む。
ガラスがすべて割られ、時折流れ込んだ風が耳元のリングピアスを通り抜け、笛のような音を出す。
こんなところに、加瀬が。
怪我をして、どこかに監禁されているのか。
愁は、震える手を握りしめた。
肝試しなんてレベルではない。暴力的で、物理的な恐怖だった。
その名を呼べば、貴遠の配下に見つかってしまう。すぐそばにきているのに、どうして。
自分一人で、助けになるはずなんてない。喧嘩なんてしたことないし、痛みには慣れてるけど、それとは話が違う。
護身術くらい倣っておくべきだったのか。
吹き抜ける風が、深い闇と共に生暖かく体に纏わりつく。愁は、幾度か長い廊下を一つずつ見て回った。
気が付けば、階段は、屋上へと続いていた。愁は、いつの間にか最上階まで登っていた。この階で見つけられなければ、このビルにはいないことになる。
不安と、絶望的な焦りがこみ上げる。一歩一歩が、とても重かった。
「!」
愁は、声が漏れそうになるのを堪えた。
誰かが、倒れている。
愁は辺りを見渡すと、その影まで近付く。
スーツを着た男が、気を失って倒れていた。
「?」
加瀬ではなかった。小さな安堵が、心に満ちる。昏倒した男は、頬を叩いてもピクリともしなかった。
他には誰もいないのか、周りを見渡して愁は戦慄した。
「な、なんだ…?」
廊下のいたる所で、男たちが倒れていた。その様は、まるで映画か、ゲームのような、手当たり次第にやられたような、無残な有様だった。
「なんで…?おい、どうしたんだ」
壁に凭れかかる様に気絶した男の肩を揺するが、答えはなかった。
この広がる光景の、意味が分からなかった。
もしかして、もう加瀬は救出されて病院にいるのではないか。
加瀬とも、貴遠とも違う勢力が、まだいるのだろうか。
愁は、息を飲んで歩みを続けた。
最後まで見なければ。
「…か、加瀬…」
愁は、声を上げた。震えた、情けない声が響く。
意識があるものがいれば、この声を聞いて反応するはずだ。
「加瀬!いないのか」
倒れているその顔を一つ一つ、確認して進むが、どれも加瀬ではなかった。
「加瀬…いない…どうして!」
最後に確認した顔も、加瀬では無かった。足から、力が無くなり、愁はその場に膝をついた。
「どうして…!」
床を、殴りつける。それが無駄なことだとわかっていた。焦りが怒りに変わっていく。
「加瀬…!」
ただ名を呼ぶ声は、静かに響いた。愁は、殴りつけた手を床に突き、呼び続けた。
渾身の力を込め、もう一度殴りつけた時だった。ふと、視界の端に、何かが映った。
「…?」
闇に、誰かが立っていた。目を凝らして見れば、艶やかな、黒のブーツのつま先が見えた。
闇の中に、浮かび上がる、白い顔、黒く長い髪
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