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6-1
「…う、ん…」
腕が軋むように痛かった。窓を見れば、ブラインドから朝日らしい光が差し込んでいる。ぼんやりとした意識は徐々に明瞭になり、愁は、自分が全く知らない場所で目を覚ましたことに気付いた。
「てて…、ここ、ど…」
何処だろう、そう言って重い体を起こそうとした。
首に、腕が回されていた。
「!」
愁は、その腕を退かそうと触れた。そして気付いた。貴遠の腕ではない。
貴遠の肌よりももっと白く、筋肉の付き方もよりしなやかに見えた。
鼻に触れる甘い匂い。
「…加瀬…?」
腕の中で、くるりと身を返すと、長い睫毛を震わせて、無防備なまま、加瀬が眠っていた。
「!…え、加瀬…?え、俺、なんで…?」
狼狽えて、愁はその腕を退かすこともできないまま、その寝顔を見つめた。
睫毛、長い。
貴遠も長かったが、加瀬の場合はもっと黒く鋭く長い。高い鼻梁と、形の良い唇。それらが油断して、愁の前に差し出されていた。
「…あ、えと…」
「…ん…」
「!」
眉を寄せて、加瀬が目覚めようとしていた。愁は、事態が把握できぬまま、その顔を見つめた。
薄っすらと、黒目が愁を見つめた。
「あ…加瀬」
加瀬は、愁の声が聞こえたか否か、愁を引き寄せた。
「!…ちょ、…ん…」
愁の唇を塞いだ加瀬は、そのまま再び眠りに落ちた。
「可愛い寝顔だろ?そいつ朝苦手だから、先起きれば?」
「!」
背後で、男の声がした。確か、この声は。
「柳田さん?」
愁は、思い切って加瀬の腕を退けると、起きて声の主を探した。
「そ、おはようシュウ」
少し離れた場所で、柳田は椅子に腰かけコーヒーを飲んでいた。その手が、愁を手招く。
「こっちきて、まあコーヒー飲みなよ」
「ここ、柳田さんの部屋ですか。加瀬の…部屋?」
きょろきょろと愁は辺りを見渡して、ベッドを立ち上がった。
「あ、ごめん。シュウ、君、いまフルチンだから」
「え…っ。あ、すみませ…」
柳田は奥へと何かを呟きながら消えていく。愁は、もう一度辺りを見渡した。
部屋は、灰色でまとめられ、一見して地味に思えた。が、妙に存在感のあるパネルが数枚飾られ、その写真のためにこの部屋があるのだと愁は気付いた。
長い黒髪の、美しい後姿。
女性だと思ったその写真は、何か違和感があった。
「…綺麗だろ?」
背後で、柳田がにやにやと笑っていた。
「それ、加瀬だぜ」
「…え」
愁は、ベッドでいまだ眠る加瀬を見て、柳田を見た。
「俺の自信作。…さ、こっちに来な」
愁は、柳田からスウェットを受け取り、履くと、席に着いた。
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