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6-2
「体は?大丈夫?どこも痛くない?」
言いながら、柳田はコーヒーを差し出した。
「あ…大丈夫です。ちょっと、軋むくらい」
愁は、手首から肘までをさすり、痕を探した。
「ちょっと、痣になってるけど…」
「だよね。加瀬もさ、腕拘束するの好きなんで許してやってよ。あとで専用の買うように言うわ」
「え…?なんで…柳田さんが…昨日のこと…」
「俺はどんな時でもシャッターチャンスを狙ってるの」
テーブルの上に置かれた一眼レフを持って、柳田は片目を瞑る。
飾りかと思っていた愁は目を見開いた。
「あ、じゃあ、昨日のことは…」
「ばっちり」
コーヒーを飲みながら、柳田はオーケーサインを出す。
「見てたんですか…」
愁は、耳まで熱くなるのを感じた。
「写真、撮れましたか?…その、俺と、…加瀬の…」
愁は、小さく笑うと、俯く。柳田は、神妙な顔をして、コーヒーカップを置いた。
「ぜんぜん」
「…え」
「あんな痛いの、やだもん、俺」
「…ですよね。…俺…あんな抱かれ方しか、加瀬にされたこと、…なくて…。すみません」
愁は、呟く様に謝罪すると、手を握りしめた。
視界が、滲んでいく。
「あー、泣かせっちった。…こりゃ俺が悪いか…」
「すみません。なんか、止まんなくて。…俺、昨日…、…っ、ぅ…」
止めようとした涙が、次々と零れていく。
思い出せば思い出すほど、加瀬に告げられた言葉が、胸を刺す。
「シュウ、違うんだ。君が悪いんじゃない。そうじゃなくて、俺が言いたいのは…」
柳田は、何かを思い出したようにカメラを手に取ると、愁にディスプレイを見せる。
「これ、君、知らないだろ」
「…ぅ、ん?」
愁が覗きこうもしたそのカメラを、横から伸びた手が、強引に取り上げた。
「…!」
見上げると、不機嫌を顕にした加瀬が、全裸で立っていた。
眉を寄せ、まだ起き抜けの状態なのか薄眼のその顔はやはり人形のようだった。
「カメラ…!駄目だ、寝ぼけたやつに渡せない…!」
「うるせぇな、眠れねぇだろ」
加瀬からカメラを奪い返すと、柳田はデータを確認した。頷いて、ディスプレイを愁に向ける。
加瀬は、全裸のまま椅子に腰かけ、片膝を立てると眠そうに欠伸をした。
「…こういうこと。これが、痛くないやつ」
言われて、愁は見た。
そこに映っていたのは、加瀬と自分との情事だった。唇を合わせ、縋る様に首に腕を回す自分が写っている。
「こ、れ…?」
自分でも赤面してしまうくらい、濡れた写真だった。
「…でも、こんなこと、した覚えが…」
無かった。最初から、ひどい扱いを受けたはず。
「…やっぱりね。こういうの、俺は待ってるのに。こいつ、ほんとずるくてさ、君が朦朧とした隙にこういうことするんだぜ。俺これ撮った時、ほんとマジ焦ったわ。これっぽちしかカーテン開いてねぇの。で、撮れって、マジドエスかよ」
柳田は親指と人差し指で距離を作った。
愁は、加瀬を見た。加瀬は、眠そうに愁を見ていたが、目が合うなり立ち上がった。
瞬く間に愁の前まで迫ると、愁を抱き上げる。
「…ぇ…?」
「あ、ちなみにそいつ寝ぼけるとキス魔だから」
投げキッスをする柳田を他所に、愁を抱き上げた加瀬は、言う通り愁の唇を塞いだ。
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