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第1話
その日は朝から体調がおかしかった。
「上条主任…あの、本当に大丈夫ですか?早退した方が…」
体調の悪さからか、部下からの心配の声でさえ耳障りなほどイラついていた。
「うるせぇ、俺が帰ったら誰が残りの仕事やるんだ」
「俺たちでやりますから、無理しないでください。こっちで早退って連絡しておきますからすぐ帰ったほうがいいですよ。無理しても体に悪いだけですから…」
そんな優しい言葉でさえ、俺には「お前は邪魔だから早くいなくなれ」と言われているように感じた。
「俺の仕事をお前らなんかに任せられるわけないだろ…っ」
半ば八つ当たりでそう放った俺の言葉に周りがざわついた。
だって実際そうだ、仕事を預けてミスでもされてみろ。そのミスは俺のものになって評判を落とすだけだろ。そんなの俺が負けを認めたことになる…っ
「こっちが心配してるってのに」
「ほんとよね、何もあんな言い方しなくたって」
「αだからって鼻にかけて」
「まぁ、いつもあぁじゃないか」
「あー、俺上条主任じゃないところの所属になりたかったよ」
「そんなのみんな思ってることよ」
部下の話し声が嫌でも耳に入る。そんなんだからお前らはβ以上の能力を発揮できないんだよ。
俺はお前らとは違う、αに劣るはずがない、上条の人間のこの俺が…っ
俺は、ぐちゃぐちゃと嫌なことばかり考えるのを振り切るようにパソコンのキーボードを叩き続けた。
次の集計は、と隣のページに目線を写そうとした瞬間、パソコン画面が手で覆い隠された。
「上条さん」
低くともどこか優しさがある声で名前を呼ばれた。この手の持ち主の顔を見なくとも誰だかはわかる。
「…………邪魔だ」
「上条さん」
もう一度名前を呼ばれた。
「手をどけろ」
目線を合わせずにそう言うと「上条さん」ともう一度名前を呼ばれた。
「…………………この仕事がひと段落ついたら早退も考える」
また俺は従ってしまった。
βである部下の佐々木には、何かあるごとに俺は何故か折れてしまう。なんというか、その…不愉快だ。
「ではお昼から早退の届けを出しておきますから、ちゃんとお昼には仕事上がってくださいね、絶対ですからね」
「わかったから早くどけ、邪魔だ」
こんな俺に今でも付いてきてくれる数少ない部下である佐々木は、妙に説得力のある話術と好印象を与える爽やかな雰囲気で、俺の統括している部署の中でも群を抜いている。
「ここに冷たいお水置いておきますから合間合間に飲んでくださいね」
気配りも忘れないマメさには俺ですら感心するくらいだ。
「………そうか」
ありがとう、とは言えなかった。
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