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第6話 変動

飛鳥井の家に戻ると…康太は引っ越しの準備を始めた 何でもかんでも…雑く梱包しようとする康太を… 榊原は…押し留め… 手早く梱包をする 手伝わせてもくれない榊原に… 康太は邪魔をして背中におぶさった 邪魔をする康太を…榊原は笑って、そのままにした 「伊織…」 「何ですか?」 「地鎮祭の後…部屋を取ってくれ…」 地鎮祭の後…? 榊原は訝しんだ瞳を康太に向けた 「話がある…」 康太は榊原の瞳を見詰め…言葉にした 真摯な康太の瞳に…榊原は息を飲んだ 「話…ですか?」 「おう!話がある…お前には聞いておいて欲しいんだ…」 何を話すと言うのか… 榊原の胸に…不安の渦が巻く 「どんな話ですか…?」 聞いても…康太は答えないのは…解っていた 話がある…と言うなら… その日まで…口を割らないのは解っていた だけど…そんな真摯な瞳をされたら… 「時が来たら…話す…」 だから…今は聞くな…と釘を刺す 榊原は…それ以上の追求を諦めた 「では…部屋を取っておきます」 「……お前は…」 康太は…後は言葉にせず… オレを嫌うんだろうな…と微かに呟いた 「…康太?」 榊原は聞き取れず…問い掛ける 康太は榊原の背中に頬を擦り寄せ 「眠くなっちまった…」と甘えた 「良いですよ…眠っても…」 榊原が優しく康太を包む 「伊織…」 「何ですか?」 「んな時は…荷造り出来ないでしょ…邪魔しないで下さい…って言わねぇと…何も出来なくなるぞ」 「別に構いませんよ 君以上に大切なものなんてないんですから…」 「伊織 …」 「何が君を不安にさせてるんですか?」 「……伊織…荷造りしねぇと…間に合わねぇぜ なんならオレが荷造りするかよ?」 榊原は背中に張り付く康太の腕を掴み… 引き寄せて抱き締めた 「君を抱き締めさせて… いざとなったら…僕は敏速に片付けられるので…心配無用です」 榊原の言い分に…康太は笑って… その胸に顔を埋めた 「康太…」 「ん?」 「愛してます。 遥か…昔から…君だけを愛しています」 康太は榊原の首に腕を回し…きつく抱き着いた 「オレも愛してる お前しか愛せねぇ…お前しか要らねぇ」 康太の叫びにも似た言葉に… 榊原は…黙って康太を抱き締めた 静かな時間が…二人を包んだ 互いしかいない時間 互いしか感じられない温もり 康太は瞳を閉じ…それら総てを感じ取っていた 「んとにお前ぇらはよぉ! 寄ると触ると…雰囲気を出しやって! 引っ越しすんだろ! ならば!さっさと荷造りしやがれ!」 静かな部屋に…怒声が響き渡った 榊原の胸から顔を上げ見てみると… そこには怒りを露にした緑川一生が仁王立ちで立っていた 「あんだよ一生」 康太が笑う 一生の後ろには聡一郎や隼人、慎一も立っていた 「手伝いに来たんだよ! どうせお前ぇらはよぉイチャイチャして荷造り所じゃねぇからよぉ!」 ほら見ろ!とばかりに一生が吠える 聡一郎は「あ~煩い…」と一生を押し退け 隼人は「やはり欲求不満なのだ…」と一生のイライラを欲求不満の所為にして… 部屋の中へ入って行く 慎一は「伊織、そのまま康太を持っていて下さい 康太は雑いので…下手に手を出されたらアウトですよ!」としれっと言い、部屋の荷造りを始めた 榊原が負担に思わない様に… 慎一は…康太が触ると壊れると…言い 大義名分が出来たとばかりに…機敏に動いていた 一生はふて腐れ…「あんだよ!俺は悪者かよ!」と呟いた 康太は榊原の腕から離れ…一生を抱き締めた こんな大きな図体で…拗ねたら可愛いだろうが! 康太は笑って一生を抱き締める 康太の腕が一生を抱き締めると…一生は康太をきつく抱き締めた 「拗ねるな…一生」 「…………ごめん…」 底知れぬ不安が…一生を駆り立てていた 踏ん張ってなきゃ…持って行かれてしまいそうな…不安 漠然と感じる不安に…一生はイライラを募らせていた 「一生 」 「…」 一生は康太を見た 「保身に走れば…不安は増大すんぜ!」とさらっと康太が言い放つ 一生はグッと息を詰めた 捨て身なればこそ…行ける道もある 保身に走れば…先の見えぬ不安に…足が竦む そうなれば機敏には動けまい そんな戦力は…無用だと…言われたも同然だった 飛鳥井康太と共に逝く… その心は変わってないのに… 保身に走っていたと言うのか? 違う… 違う! そうじゃねぇ! 「俺は保身になんか走ってねぇ!」 と一生は叫んだ 共に… 飛鳥井康太と共に逝くなら、保身になんか走れねぇ! 「一生、オレを案じるな…」 康太の一撃に…一生は…その場に崩れ落ちた 康太に何かあったら… その不安だけが…増大して募ってしまった 乱世の世を行く その歩みは決して止まる事はない 逃げ道は用意しない それが飛鳥井康太だと解っている! 解っているが… 一生は…予測もつかぬ早さで…運命の歯車が音を立てて動き出している現実に… 先が詠みきれず…躊躇していた 康太に何かあったら… その恐怖は…常にあった 康太の動きは予測不可能だから… 今の康太は…闘いを前にして 静かすぎるのだ… 神経を研ぎ澄まし… 静かに…その時を待っている 違えられない運命ならば…立ち向かうだけ 康太は静かに闘志を燃やし…その日を待っていた そして時折…見せる不安な表情に… 何をする気なのか…不安を駆り立てられずにはいられなかった 違う… 今までの康太と…何かが違う… 何が違うのか… 的確には解らない だけど…何かが違う… 掴めない… 何かを抱えているのは解るが… どう動くか… 何をする気なのか… 今回は今までと違って…甘くはないだろう 明日の飛鳥井を絶対にする… その為に動くのだから… 布石は打った 明日の飛鳥井の礎になる為に… 康太は命を懸けている それとは違って… 何かを抱えている気がしてならなかった… 康太… 「一生、目ぇ離すんじゃねぇぞ! 目を離せば置いてくかんな!」 康太が子供の様に笑いながら言う その笑顔は… 気を許した人間にしか向けられない 康太が本当に許した相手にしか向けないのは…知っている 絶対の信頼が… そこには在った 「離すかよ!お前ぇは危なっかしいからよぉ! 見張ってねぇと…危なくて仕方がねぇじゃねぇかよ!」 一生が叫ぶと…後頭部を殴られた 「痛てぇな!あんだよ!」 頭を抱えて振り向くと…そこには怒りマークが着いた聡一郎が立っていた 「本当に君は目を離すとサボりますね! 邪魔をするなら…外に行きなさい!」 手早く荷物を梱包する皆にとって… 一生はサボってる風にしか…映らなかった 「やぶ蛇じゃねぇかよ!」 一生は…仕方なく… 近くの物を纏め始めた 康太に何も触らせる事なく、荷物を梱包して行く 手早く男達が動く 聡一郎はサイドボードの中の調度品を丁寧に梱包し 慎一はクローゼットの中の服をハンガーラックの着いた段ボールに吊るす 隼人は布団カバーをかけ運び出す 一生は遅れを取り戻そうとリビングのカーペットに掃除機をかけ丸めて縛った それぞれ役割分担をしたかの様に動く 榊原は康太や自分の私服を段ボールに入れ始めた 康太は邪魔をしない様に…… 寝室を出て行こうとして、慎一に捕獲された 「勝手に動き回らないで下さい」 康太の首根っこを掴み…離す気はなさそうだ 榊原は笑って…慎一から康太を引き取った 康太は榊原の体に縋り着いて、よじ登り始めた まるで木でも登る様に、するすると榊原に登る 「伊織!」 嬉しそうに名を呼び…笑う顔を見たら… 愛しさが込み上げてきて…目尻がついつい下がってしまう 「康太…」 榊原の腕が康太に巻き付き…抱き締めると、康太は榊原の首に腕を回し抱き着いた 熱い…恋人同士は…捨てておいて… 一生や聡一郎、隼人に慎一は…荷造りに精を出した 「伊織、明日荷物を運び出したら…この家は解体する…」 康太が産まれた年に、新築した家だった 康太は…この家に生まれて…育った 色んな想いを…吸い込んだ…家を解体してビルを建てる 「淋しいですか…?」 「家に対して…そんな感情なんてねぇよ…」 「君の育った家ですよ?」 康太は何も言わず…遠くを見つめた 「…お前と過ごした…家だ」 だから…特別な想いはある…と康太は心中を吐露する 「そうですね。」 行かねばならぬ… 何かを得るなら…今在る物を捨てねば 先へは進めない 「…次は会社の引っ越しだ! ネズミに注意しねぇとな」 康太の瞳は、先を見据えて…先を詠んでいた 聡一郎は唇の端を皮肉に吊り上げ嗤いながら 「…何匹引っ掛かるんでしょうね?」 と、思案する 一生は「…何匹出ようが駆除するだけだ!」と吠えた 隼人と慎一は口を出す気はなく、黙っていた 榊原は…苦し気に瞳を閉じた 行かねばならぬ道でも… 人を選別するのは…辛い作業だ 明日の飛鳥井へ繋げる為とは言え… 出来る事なら…したくはない筈だ… 会社に関わる人間として…やらねばならぬ事なのは…解っている 康太… 君の為なら…この命…擲ってでも… 榊原は…掌を胸にあて…握り締めた

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