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第8話 長い1日 ①
康太は警備室にいた
社員達が出勤する様子を、警備室のモニターで見ていた
肘掛けに肘を置き、足を組みながら…
唇の端を吊り上げ…皮肉に嗤い
捕り物の仕上げを待つ
社員達には、真新しい社員証を配布した
紛失すれば解雇の対象だと…規約書にサインさせて配布した
新しい社員証には、該当の社員の網膜のIDが組み込まれていてた
絶対に偽造は出来ない、成り済ましもさせない!
社員証に写真を入れるから…と、写真を撮らせ
その時に、網膜を採取した
網膜は1つとして同じものはない
網膜上の血管のネットワーク は、双生児であっても類似性がないほど複雑だ
網膜パターンは基本的には生まれてから死ぬまで変 化しない
病気によっては…網膜パターンは変わるが…
それ以外では…
網膜スキャンの推進者は、誤 認率は100万分の1だと主張している。
成り済ましても網膜までは…真似出来ない
社員証をカメラに向けて翳すと、コンピューターがその社員のデーターを呼び出し
社員のIDと網膜を検知する
二つの情報が合致せねば、ゲートは開かれず
警備員が直行して…事情を聴く
本人なら社内へ入れる
成り済ましなら…弾かれて…
ネズミの捕獲となる
社長秘書の佐伯明日菜が、社員の出勤を待ち受け
「 出勤したら社員証を機械に通して下さい
その時、必ずカメラを見て下さい
顔認証があるので、社員証の顔と合致しなければ、社内へは入れませんので、気を付けて下さい。」
説明をしていた
社員は佐伯の説明を聞き、社員証をカメラに向けて翳す
ピーとクリアする音が鳴ると、ゲートが開き
社員は社内へと入って行った
一人がやると、他の社員も同じ様に佐伯の説明通りにカメラに顔を向け
IDを翳す
順調良く社員が社内に入って行く
その時…ビビビィーと警戒音が鳴り響いた
社員が…何事かと…息を飲む
近くで待機していた警備員が、
「IDの不具合ですね。
失礼ですが、此方へお願いします」
と、丁寧に社員を連れ出し
佐伯は「時々、不具合が出るかも知れません。気にせず、次の方どうぞ!」と続け
社員達は…平静を取り戻し、次から次へとIDを通し、社内へと入って行った
IDから弾かれた人間は…2人
2人は、警備員の手によって…
別室へと連れられて行った
康太はその様子をモニターで見ていて
「2匹か…」と呟いた
一生は「2匹も!だろが!」と発破をかけた
本来なら…1匹だって…許し難き現実だ
それが2匹も!となれば…事態は重く受け止めねばならぬ
「…1匹足らねぇ」
「?????…1匹?」
一生は首を傾げた
その時、慎一が警備室に入って来て
「康太、用心の為に、Uターンする人間を張っていたら…1匹捕まえました」
と、報告した
警戒音が鳴ったのを聞いて、ヤバい…と、逃げた輩を、待ち受けて捕獲した
ネズミ1匹…逃がす気はない。
慎一は主に忠実に…役目を完遂した
康太は皮肉に嗤うと
「だよな…3匹いねぇと…な」と納得した
一生は絶句して…
聡一郎は、納得した
榊原は「どうしますか?」と康太に問い掛けた
「長げぇ…1日になるな…」と立ち上がり
首をコキコキ動かした
「さてと、行くとするか!」
康太が歩き出すと、その後に榊原や一生達が続く
康太の言う通り…
長い1日の…始まりだった
警備室の横にある部屋に
捕獲した3人は移されて座らされていた
康太が悠然とした足取りで部屋に入ると
3人は……息を飲んだ
康太は部屋に入り、3人を視線で射抜き…嗤った
「飛鳥井の社員に成り済ましたネズミが3匹 」
康太は3人の前の椅子に座ると…足を組んだ
3人は…そっぽを向いて…押し黙った
「飛鳥井はチョロいと想ったか?」
揶揄した質問を投げ掛ける
「…………」
答えぬ3人に…更に投げ掛ける
「飛鳥井は間者を懐に隠し持つ趣味はねぇんだよ!」
総ては…お見通し…と言う事だった
康太は、聡一郎に手を差し出すと
聡一郎はPCから顔を上げ
PCを手渡した
康太は聡一郎のPCを覗き込み
「ビンゴ♪」と指をパチンっと鳴らした
釼持陽人が張り巡らせた情報を操作する
樋口陵介が仕掛けと罠を張り巡らせ
秒刻みで情報が四宮聡一郎のPCに入って来て、莫大な情報網の中から選別して康太へと流す
情報の管理
それが聡一郎の役割だった
だが…時々…
康太へとPCを見せる時…康太は既に知っている時がある
康太の側には…姿は見えぬが…
頭脳の役割をする存在がいた
聡一郎は誰か…知る事は出来ないが…
確実に…その存在を嗅ぎ分けていた
康太の想いを組んで確実にその先を行く存在
まるで…影のように…
動ける存在を…
「宮瀬建設、 佐々木工建設 花菱建設
…3社は…飛鳥井がお邪魔らしいな」
康太は微笑み…3人に吐き捨てた
康太の述べたのは…大手ゼネコン各社の名前だった
3人は…驚愕した顔で…康太を見て引き吊った
「今は盛田建設も…滅んだしな
競争相手は…飛鳥井しかねぇか?
盛田のバックの周防も…今はいねぇ
消すのは今しかねぇとでも想った愚か者か」
状況は総て把握していて投げ掛けられる言葉
3人は…中に入って内情を探って来る手筈だった
社員を拉致して…監禁して…
その間に、内情を探る
偵察の為に飛鳥井へ潜入した
入る前に弾かれて…
こんな所へ連れて来られるとは…思ってもいなかった…
油断はするな!
と、念を押された
飛鳥井家真贋は…甘くはない…と。
甘くはない相手ならば…と心して掛かった
準備万端
何処で綻んだのか…
訳が…咀嚼できなかった
「外資に上手く踊らされたか…」
3社は外資系企業と提携していた
外資系企業も…飛鳥井は目の上のタンコブ…
だった
空気が…一気に…固まった
息を飲む…音すら響く
緊張した糸が張り詰められて…誰一人、動く事すら…叶わなかった
その時、慎一の胸ポケットの携帯が震動して…着信を告げた
「 失礼 」
慎一は断り、その場を退席し廊下に出た
退席する慎一の足音が、やけに大きく部屋に響いた
慎一は廊下に出て、通話ボタンを押した
「お待たせ致しました」
電話に出ると…慎一は唇の端を吊り上げ…嗤った
主に酷似した笑いを浮かべ…電話に出ていた
「了解致しました。
病院へ連れて行って下さい。
様態の報告もお願い致します」
と一礼をすると、慎一は電話を切った
そして足取り軽く…部屋に戻ると
康太へ耳打ちした
慎一の低い声は…他の者が拾うのは困難な程の声域で…
主にだけ、用件を告げていた
用件を聞くと康太は…嗤った
康太は慎一の胸をポンッと叩くと
3人に向き直った
「さてと、粛正の時間だ!
一生、警備員を呼んで来い!」
康太が言うと、一生は立ち上がり部屋を出て行った
そして戻って来た時には…
警備員を3名、同行して帰って来た
康太は警備員を見ると
「この3人はお客様だ!
丁寧なおもてなしをしてくれ。
後で人権侵害…だなんて言わせねぇ様にな!」
と、告げた
警備員は、深々と頭を下げると
「了解しました!お客様!ですね!
最大限のおもてなしを、お約束します!」と返した
康太はふんっ…と鼻を鳴らし
「逃がさねぇ様にな!
多分…会社はコイツらを切り捨てる
捕まった駒に用はねぇもんな」
と、言い捨てた
会社の不利になるなら…切り捨てるが常套
彼等は会社の職務と言う名で拘束された捨て駒だ
成功すれば会社は褒美をやり
失敗すれば切り捨てられる
蜥蜴の尻尾を切るかの様に…
意図も簡単に切り捨てられる駒
彼等が一番…自分の置かれている立場も
身の振り方も知っている
熟知していて…
康太は揺さぶりをかけた
誰だって我が身は可愛い…
「これより会社に出向く」
康太はそう言うと立ち上がった
「お前等の会社に出向いてやんよ!」
3人は…脅えた瞳で…康太を見た
「そんな社員はいません!って返って来るのは見えてるけどな!」
康太が揶揄して嗤う
意図も簡単に切り捨てられる…存在
解っていても…
突き付けられた現実を…飲み込めないでいた
康太は悠然と歩き…
綺麗な顔をした男の前で、立ち止まった
プライドの高そうな顔をしている
意思も信念も強そうなのに…
何故、間者として差し向けられたのか…
康太は、花菱建設の社員の顔をまじまじと見た
そして、顎を持ち上げると
「プライド高そうな顔してるのにな!」と
揶揄した
花菱の社員は…絶望した様な諦めにも似た瞳をしていた
だが…康太の言葉に…本来の気質が顔を出す
悔しそうに…唇を噛んで、瞳を伏せた
康太は、唇を噛む…その唇を指でなぞり
「止せ!傷がつく」
「君は…」
総てお見通しなんですか…と問い掛けようとして…
その瞳を目にして…止めた
康太の…深い瞳に魅入られたなら…
納得するしかない
不思議な瞳の色だった
まるでビー玉の様な輝きと…
千里眼のごとくの…視線に…
言葉を失った
「お前の会社から行くか?」
まるで、猫でも撫でる様に、康太は花菱の社員を撫でた
「……総ては…君の想いのままに!」
腹を括って…処刑を待つ
どうせ…切り捨てられる存在なのだ
最期位は…潔く…
「水無瀬 十夜 。捨て駒にされるべき人間じゃねぇのにな…」
教えていないのに…本名で呼ばれ…
戦いた
飛鳥井家真贋を…甘く見すぎていた
会社も…自分も…
目の当たりにしたなら…
無謀だと…こんな戦略は取らなかったのに…
飛鳥井の懐に入って内情を探って来る
入札や金額
どんな仕事の発注があるのか
発注先
飛鳥井の仕事を盗る…
飛鳥井を、潰す
その為に…潜入した
成り済まし…潜入しようとした
まさか…潜入する前に、弾かれるとは思っても見なかったが…
会社から辞令を受ければ…戦士たる者
命令は絶対
命令に背くなら…辞職も視野に入れねばならない
YESしか用意されていない…辞令だった
受け取った時から、腹は括っていた
でも…現実を目の当たりにすると…
足か竦む
体躯も…竦んだ
「水無瀬、オレと来い!」
康太の力強い瞳に…頷いていた
康太は警備員に
「後の2人は、此処に残る
後は頼むな!」と声をかけた
警備員は深々と頭を下げ
「御意!」と答えた
康太が歩き始めると榊原が後ろに控え
一生は水無瀬の腕を取った
その横に慎一も並び
聡一郎は隼人と別行動を踏んで…
距離を開けた
「聡一郎、中継ヨロシクな!」
康太が言うと聡一郎は
「解ってます。」と答えた
その言葉を受け、康太達は部屋を出て行った
聡一郎と隼人も部屋を出て行き、副社長室へと向かった
地下駐車場まで向かい、榊原の車に乗り込む
後部座席に水無瀬を挟み、両脇に一生と慎一が座った
榊原は康太に「どちらへ?」と問い質した
「花菱デパート!」
榊原は、何故花菱デパート?とは問い返さず
車を走らせた
「一生、道明寺に連絡を入れろ」
康太が言うと一生は携帯を取り出し
花菱デパートへ電話を入れた
「飛鳥井家真贋 飛鳥井康太の名代の者です
鳥井康太が今から、そちらへ向かいますので
道明寺達也さんと面会出来ます様に御願いします」
一生は用件だけ言うと、そんな無謀は…とか言う戯れ言は無視して電話を切った
連絡は入れた
後は強行突破もやむ得ない
榊原は軽やかに車を走らせ、目的地へと向かった
花菱デパートの駐車場に車を停めると
そこには…
道明寺達也が出迎えていた
康太を見ると頭を下げ苦笑した面持ちで
「連絡を戴き…慌てて出迎えに参じました」
電話を受け付けた者は慌てて道明寺の所へ…駆け付けてきた
飛鳥井康太からの電話は、日頃から蔑ろにするな
と、言い付けが徹底していたからだ
康太は道明寺を、見ると挑戦的に嗤った
「道明寺、久し振りだな」
「はい。最近は御来店になられなかったので…ご無沙汰しておりました」
慇懃無礼な康太の態度に…道明寺は深々と頭を下げた
「社長に就任して忙しいしな」
康太は道明寺が社長に就任していたのを知っていて…驚いていた
「ご存知で?」
「火の車の会社の社長になっても…雑務が多いだけだろ?」
内情までズバッと言われて…道明寺は言葉をなくした
「オレを社長室まで連れて行け!」
立ち話で終わる話じゃねぇだろ?
と、促され、道明寺は
「失礼致しました」と頭を下げた
「ではご一緒に!」
道明寺が案内する
その後に…康太達は着いて行った
社長室に康太達を通すと、ソファーに座る様に促した
康太達がソファーに座ると、目の前のテーブルにはケーキと紅茶が運ばれ…
テーブルに置くと、道明寺は人払いした
鍵をかけ…道明寺は康太の前のソファーに座った
「康太様 貴方がおみえになられる時
私は転機を迎える…このタイミングで…
貴方にお逢いするとは…皮肉ですね」
社長になって…より一層会社の内情が…把握出来て来ると…
しがらみの多さに…辟易して来る…
さてどうしたものか?
と、思案していたら…の、タイミング
「お前に直接用はねぇけどな…
ついでだ、お前ん所も綺麗に掃除してやろうかとな!」
康太はそう言い、皮肉に唇の端を吊り上げ、嗤った
康太は…綺麗に掃除して…と言った
道明寺は、その言葉で…総てを知っているのを察知した
「手に余っておりました」
「だろ?余分なもんを抱えてたら…
共倒れだ…切るもんは切らねぇとな!」
「はい。ですが…」
自分には…そんな権限はない…
悲しいかな…お飾りの…社長にしかすぎない
実権を握るは、父と兄
「道明寺 」
「はい。」
「オレは親でも斬れる
違えれば…躊躇もなく、オレは斬るぜ!」
お前は…どうすんだよ?
と、問い掛けられたも同然の言葉だった
苦悩に満ちた…顔を…
康太に向けた
「斬れるなら…」
斬りたい
道明寺の心からの言葉だった
花菱は花菱建設を母体とする傘下の会社だった
花菱建設は道明寺の父と兄が経営する会社で
近年…業績不振だった
それとは逆に花菱デパートは生まれ変わり
業績を伸ばしていた
道明寺達也を社長に就任させたのは…
花菱デパートの収益を…建設会社の方へ出資と言うカタチで資金を回させる為だった
逆らえない…
暴君な父と兄には…逆らえなかった
だが…こんな採算取れない出資は…
デパートへの資金繰りにも影響を及ぼし始めていた
手に余る…
斬りたいけど…切り捨てられはしない…
思案している最中の…
飛鳥井家真贋の訪問だった
タイミングが良すぎる…
岐路に立たされている道明寺は…
康太の訪問を…転機だと覚悟を決めた
どっちに転がっても…
起き上がるだけだ!
「道明寺 」
「はい。」
「お前んちの爺に連絡を入れろ!」
「お爺様に?
はい。解りました。」
道明寺は胸ポケットから携帯を取りだすと
祖父の所へ電話を入れた
「飛鳥井が逢いたがってる…って伝えろ!」
康太に言われ…道明寺は祖父への挨拶も早々に用件を告げた
「お爺様、飛鳥井家真贋が逢いたがってらっしゃいます。」
それだけで…道明寺の祖父には…伝わった
『お連れして下され 』
祖父は道明寺にそう言うと…電話を切った
「ご一緒に…御願い致します」
道明寺は立ち上がると、康太へ深々と頭を下げた
康太は、立ち上がると
「なら、行くとするか!」と榊原を振り返った
榊原は何も言わず、康太の横に立ち
一生達も立ち上がった
道明寺は、康太達が立ち上がると、社長室のドアを開けた
軽く頭を下げると「御願い致します」と康太達を促した
康太達が部屋を出ると…ドアを閉め
駐車場へと向かう
エレベーターに乗った時、道明寺は見掛けぬ人物に気が付き
「康太様…その方は?」と問い掛けた
康太は「爺の所へ行けば解る」と笑って答えなかった
総ては…道明寺の祖父の所へ…
と言う事だった
道明寺が先に走り、榊原の車が後に着いて行く
花菱デパートから、然程遠くない距離で、道明寺は車を停めた
横浜のビル街を、一望出来る…高台の高級住宅街
その中でも…一際目立つ木々の生い茂った日本家屋の前で…
道明寺は車を停めた
車から降りると道明寺は康太達を待った
康太は車から降りると…
足取り軽く歩き出した
まるで知ってるかの様に、悠然と歩く足取りに…躊躇はない
玄関に向かおうとする道明寺を他所に、康太は…中庭の方へと歩いて行った
「康太様…?」
慌てて道明寺も康太の後を追う
中庭に出ると…
道明寺の祖父 道明寺晃穂が立っていた
康太の突然の乱入に臆する事なく…
道明寺の祖父は…康太に頭を下げた
「初めまして道明寺晃穂で御座りまする
貴殿の祖父 源右衛門殿とは学友故
貴殿の噂は兼がねと…お聞きしておりました
まさか…此処で貴殿とお逢いしようとは…」
康太は道明寺晃穂を射抜き…嗤った
「出来るなら…逢わねぇ方が良いけどな」
出来るなら…
逢わぬ方が良い…
解っている…
解っているが…出来ない時もある
康太は…晃穂に向き直った
「オレが来た用件は解ってんだろ?」
「…………用件は1つしかなかろうて!」
そう言われ康太は笑った
「慎一、連れて来い!」
康太が言うと、慎一は水無瀬を連れて晃穂の前にやって来た
晃穂は…水無瀬を見て…眉を顰めた
「知ってるよな?」
康太の問い掛けに…
晃穂は頷いた
「道明寺建設 副社長 道明寺陸人の腹心だったもんな。
知らねぇ訳がねぇよな」
康太は言い捨てた
晃穂は水無瀬の姿を…知っていた
孫が…一番信頼している腹心と言っても良い男
その孫が…最近不穏な動きをしていた
庭のテラスで人目を避ける様に…話をしている姿を…何度か目にした
自宅ではなく…此処で…話をする
その意味を…知らない訳ではなかった
「其奴は…何度か目にした事がある…」
晃穂は言葉にして康太に伝えた
「なら話は早ぇな。
こいつは飛鳥井の懐に入り込もうとしたスパイだ!」
水無瀬は肩を落とし
道明寺は驚愕の瞳で…水無瀬を見た
晃穂は…動揺する事なく事態を受け止めていた
良からぬ…計画をしているのではないか…
と、二人を目にした時から…胸騒ぎを覚えていたから…
晃穂は「そうか…」と言葉を吐き出した
「道明寺建設は潰す!」
潰す…と言って、潰れるとは誰も思わない
だけど…飛鳥井家真贋が言う台詞は重い
「お主の好きにしたら良い…
この老体に何をさせる為に…おみえになったのじゃ?」
「道明寺の筆頭株主は…未だに…道明寺晃穂
おめぇだ!」
息子に…総てを渡すのは…気が引けた
息子にも、孫にも…そんな手腕はない
力量もない
傲慢なワンマン経営しか出来ない
会社を私物化する人間
そんな人間に、会社のトップの座を譲った
我が子なれば…と、その座を譲った
だが…力量のなさは、起業した自分が一番知っている
何時か…破綻が来た時に…
尻拭いをする為に…筆頭株主のままでいた
私財を投じて、起業した会社の末路を救う気でいた
「飛鳥井の若いの…1つ頼みがある」
晃穂は、総てを…飛鳥井家真贋に…託そうと想った
「頼まれてやっても良いが…
命乞いなら聞く気はねぇぞ!」
「今更…命乞いなぞせぬわ」
晃穂は豪快に笑った
源右衛門の旧知と言うだけあって…何処か似ていた笑いだった
「わしの株は総て、お主に譲渡する!
だから、デパートだけは、救ってやってくれ」
晃穂は…起動に乗っているデパートの存続を…康太に頼んだ
孫の中で、常にお爺様…と、何時も気に掛けてくれる優しい子
父親や兄の…傀儡になるしかなかった…
哀れな…孫
手腕は…父親や兄よりも…上だ
そして何よりも…強運が強い
飛鳥井家真贋と知り合った
これ以上の強運はなかろうて…
星が…どれか1つを選べと言うのなら…
それは…デパートの存続
それしか有り得ぬ
晃穂は、腹を括っていた
そして…選択もしていた
遺すなら花菱デパート…と。
そして、赤字続きの建設は…私財を投じて…
尻拭いをする
晃穂は康太に向き直り
「あの世にはビタ一文持っては行けぬ
この世のツケは生きてるうちにせねばな!」
裸一貫で築いた会社だ
総て無くして…裸一貫になろうとも…
総て清算して…逝く気だと、晃穂は告げた
「最期までケツは拭いてやんよ!」
康太は豪快に笑い飛ばした
だから、安心しろ!
と、晃穂に物語る
「ならば…支度をして参る
暫し、お待ちを願う」
「あぁ。御祓をしてな、来ると良い。」
しがらみも…垢も、総て落として来い…と
康太は言う
縁も情も…総て落として…
粛正に向かう
晃穂は一礼して、部屋の中へと入って行った
道明寺は、康太達を部屋へと招き入れた
「お爺様の支度が整うまで、此方でお茶でも…
どうぞ。」
応接室に通し、お茶を出す
康太は道明寺を見詰め
「道明寺」と名を呼んだ
「はい。」
学生時代から接客の仕事に携わったせいか、道明寺の持つ雰囲気は柔らかい
優しげな雰囲気、柔軟で、穏和
天性の素質も兼ね備え、デパートと言う職業に向いていた
「お前は天性が接客だ。
社長になっても、下へ降りて客の声を吸い上げろ!
それが出来たなら、お前は高みへ上がって行ける
花菱デパートも生き残りを懸けた闘いに…
着いて行ける…事となる」
康太の言葉は…重い
道明寺は聞き逃す事なく総て受け止め、康太の瞳を貫いた
「はい。貴方の教え…忘れる事なく…
胸に刻み、精進致します」
「お前の弱点は…斬れねぇ事だ」
「………!!!」
それは百も承知…の事だった
「時には、心を鬼にして…斬らねばならねぇ
…………時もある」
心を鬼にしなければ…斬れない
想いも…関係も…
「それでも、やらねぇといけねぇ時がある
頭に立つ奴は、時には非情に斬れねぇと…
共倒れになる
てめぇが倒れるなら許せるが、てめぇの下には…社員の生活が掛かってるのを忘れるな!
ぜってぇにな!忘れちゃいけねぇ!」
道明寺は、瞳を瞑り…
己の甘さを…悔いていた
まさに…その通りだ
トップに立つ…自分の下には…
社員の生活が掛かってる
解っていた
頭では…解っていた
だけど…斬れずに…
社員の生活を脅かしそうにした
「道明寺」
「はい。」
「建て直すには情は捨てろ!」
「はい。」
「そして、その船から降りるのは、オレが許さねぇ!」
「……っ!」
責任の取り方
どう在るべきか…
頭の隅で考えた瞬間…釘を刺された
総てはお見通し…ですか…
道明寺は苦笑を漏らした
「手厳しい…一撃ですね。」
「おめぇには、やる事があんだよ!」
「やる事…ですか?」
「おう!神野や相賀、須賀の務所のタレントを使って、自社ブランドの立ち上げをして貰わねぇとな」
「自社ブランド…ですか?」
「若年層をターゲットにして戦略を懸ける
各世代のハートを掴んで離さねぇ店にすんだよ
熟年層もターゲットにしてお金を落とさせて行く
自社ブランドを芸能事務所と一緒に立ち上げて、作って行くんだよ!
誰もが買いに行きたいショップ
デパート丸ごと人気ショップに様変わりすんだ!」
夢のような…話だった
嘘のような…話だ
道明寺は信じられない顔を…康太に向けた
「おめぇはよぉ!デパートの名前を変えろ!って言ったのによぉ
変えやがらねぇかんな!
軌道が変わった
名前はもういい、路線を変えねぇと本当に終焉を迎えるしかねぇんだよ
心して掛かって逝け!
通販も拡大してファッションの発信基地にすんだよ!
このデパートからファッションを作って行く
雑誌とも提携して、雑誌に載せた服をブラインドに飾ってアピールする
何処でもやってる
違うのはデパート丸ごと人気ブランドになる
それしか生き残りの道はねぇ!」
「…壮大…過ぎて…」
頭が着いて行かない
「壮大もクソもねぇんだよ!
次に軌道に乗らねぇと、オレでもっも修正は無理となる!心して掛かれ!」
壮大な夢を見せた後に現実を突きつける
だが逝く道は一本しかなかった
他の道へなど逝く気もなかった
この人と…出逢えた運命に…
感謝したい
道明寺は覚悟の瞳を康太に見せた
「お待たせ申した!」
そこへ道明寺晃穂が正装の紋付き袴で現れた
道明寺は目を見開いた
その姿は…滅多と…しない正装だったから…
晃穂の覚悟を知る
想いを知る
これが…情を斬ると言う…事なのだ…と
想い知る
ともだちにシェアしよう!