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第11話 長い1日 ④
「今は携帯1つで繋がる時代じゃねぇのかよ?
文を交わして…それが届くのに数日も掛かる時代じゃねぇ
鳩を飛ばして何日も掛けて伝達する時代でもねぇだろ!
電話一本で…話せる時代に…
今生の別れは…おかしいだろうが!」
康太は一喝した
善之助は康太の言葉にクスッと笑った
時々、康太は古臭い事をさらっと言う
まるでその時代を見て来たかの様に話す
その話術に引き込まれ夢中になる
正論を正論として振りかざす訳ではない
曲がった事は大嫌いで…曲がらない
真っ直ぐ
真っ直ぐ伸びる康太に、善之助は憧れていた
どんな時でも信念を曲げない
そんな強さに…
感銘を受けた
そして知りたくなった
仲良くなりたくなった
近付けば近づく程…
自分の利益や損得で動く人間ではないのが解った
信じられる人間を見つけた
善之助は…砂漠の中で…光輝く原石を見つけた
そんな想いで…康太と出逢った
ならば…告げねばならぬ
康太の想いを…教えねばならぬ
善之助は「今生の別れなど飛鳥井康太は言わせる気など1つもない!」と助言した
佐々木は顔を上げ「え?…」と呟いた
「蔵持会長…」
「康太は兄弟の縁までは切らせんよ」
そう言い善之助は笑った
その場の空気が一気に打ち消された
張り詰めた…
ピーンと張りきった玄の様に…
張りすぎて…切れそうだった
「あたりめぇじゃねえかよ!
兄弟の縁なんて、早々切れるもんじゃねぇもんよー!」
康太がのんびりとした口調で言い放った
「昔な、この世を捨てた男がいた
男は自分が裁かれる事だけを夢見て…会社に爆弾を仕掛けた」
康太は昔話をするかの様に、話を始めた
「オレが見付けた時は…死刑台に立つ死刑囚の様に、この世が終わる事に安堵していた
その男は…戸浪海里の血を分けた弟だった」
だから!
だから…戸浪じゃあるましよぉ…なのか…
佐々木は…康太の言葉がやっと理解出来た
「その弟はオレが貰った
オレの秘書をしている安西力哉だ!
力哉は兄を兄さんとやっと呼べる様になった
距離を置けば…兄弟として見えてくる時もある
血までは…切れねぇかんな!
そしたら互いを見るしかねぇじゃねぇかよ
そうして解る兄弟もいる
お前等は戸浪や力哉と変わらねぇみてぇだからな…
離して…考えさせる
そこから始まる
そこから始めろ!」
康太の言葉に…佐々木は崩れ落ち
泣いた
文弥は兄の背中に近寄り…顔を埋めた
初めて触れる…兄の温もりだった
「兄さん…」
「文弥…」
佐々木は…弟の顔を見た
涙で濡れた頬をそのままに…弟を見る
こんなに間近で…見た事がないなんて…
兄弟なのに…
そうして生きて来なかった…
一頻り…弟の顔を見ると…
佐々木は立ち上がり、康太に深々と頭を下げた
「本当にありがとうございます
ボクはどんな処分でも喜んで受けさせて戴きます」
清々しい顔をしていた
社長室に入って来た時の悪役さながらの顔は…既に影もなく…
飄々とした仮面を外し
容姿の良さを引き立たせていた
「蔵之介!」
「はい。」
姿勢を正し、その時を待つ
「花菱は廃業した!
規模を小さくするとな、多少の失業者が出る
するとな行き場をなくす人間も出て来る」
「……はい。」
「だからな、受け皿になれ」
「………はぃー?」
佐々木は…訳が解らず…返事のしようがなかった
「佐々木建設は堅実に自分の身の丈に合った仕事をして、その身は安泰
あんで外資に踊らされたか…解んねぇけどな
今 潰れる会社じゃねぇ!
始祖は蕪村の血を引く一族の果てか…
そりゃあ…護られ続くに決まってるか」
康太の言葉に…佐々木は唖然とする
蕪村の血を引く…
そんな廃れた事など一族の人間ですら…知らない
家督を譲り受ける者だけ…知り得る事なのに…
それを意図も簡単に…言い当てられた
「…佐々木」
「……はい。」
「誰よりも家を憎み…家を愛しているのは…
おめぇだろ?
滅びれば良い…と、堕ちなくても良い穴に落ちようと…足掻いて、悪役になる
もう充分じゃねぇのかよ?
まだやるか?」
「……………いえ…もう充分で御座います」
「なら、ちゃんと軌道に乗せねぇとな!
外れた線路の上じゃ走れねぇ!
違うかよ?」
「違いません!」
「軌道修正出来た」
ガチャ!
と、総てのピースが嵌まる音がした
狂った歯車が
音を立てて
動き出した
宮瀬は身震いをした
凄い
凄すぎる…
お前でも解る
康太はそう言った
信じなかった訳ではないが…
信じられなかった
だが今
歯車が回りだした
鳥肌が立った
目の前で…奇跡がおこされていた
宮瀬は、それを肌で感じていた
「宮瀬建設は宮瀬蓮司、おめぇが社長になって、倅を教え込め!
軌道修正は出来た
後は、おめぇらの努力次第って事だ!」
蓮司と宮瀬は…その言葉を受け
立ち上がり頭を下げた
「はい!肝に命じ日々努力して行く所存です!」
蓮司は宣言するかの様に康太に告げた
「日々勉強して自分を磨き上げて行きます」
宮瀬は自分の心に刻み…言葉にした
その言葉を受け、康太は笑った
子供の様な無垢な顔だった
「なら、安心だ」
そう言い…次の瞬間には
誰よりも冷酷な顔になり
「違えれば地獄に落とす!」
ニャッと嗤い、そう告げた
甘くはない
努々忘れるな!
と、告知されも同然だった
「弥勒、聞いたか?」
『確りと聞き届けた!
違えれば我が狩りに行こうぞ!』
天空から声が響き渡る
「違えたら継ぎはねぇ!
忘れるな!」
蓮司と宮瀬は、はい!と返事をして受け止めた
『綺麗に軌道に乗ったな
その道は曲がる事なく受け継がれるのを望む』
弥勒の餞の言葉だった
康太は笑って
佐々木を見た
「弥勒、蕪村の末裔だ!」
『ほほう…蕪村の加護はそのままか…
珍しいものを見せて貰った』
蕪村…は、飛鳥井、御厨に並ぶ能力者を受け継ぐ家だった
飛鳥井と御厨は黄泉の目を
蕪村は先見と予知の目を受け継いでいる
先見の加護を、受けた家は…
滅ぶ筈などないのだ
今は消えた蕪村の血を引く者
『蕪村 瑠璃香 あやつが先見の加護をかけし家か…』
弥勒も呟いた
「お前でも、無理だろ?」
弥勒高徳をもってしても…滅ぼせはせぬ
『加護を受けてちゃ…な。
弱めるだけで…時間は食い過ぎる
やりたい仕事ではないな』
弥勒は苦笑した
「と、言う事で、弥勒、黄泉に渡り瑠璃香に目を寄越せ!と言って来い!
此れより佐々木は蕪村と改名する!
蕪村は再びこの地に降り立ち受け継がれて行く
それには目がねぇとな!」
『………お見事な軌道修正に御座ります!
本当に!お主は人使いが荒い!』
弥勒が愚痴を溢す
「ぐずぐずしてたら地鎮祭には間に合わねぇぜ!」
『…ぐっ!…今宵、佐々木蔵之介に先見と予知の目を受け継がせる!
そして、地鎮祭には何としてでも出る!』
弥勒は宣言した
「弥勒…」
『何だ?』
「地鎮祭に来るなら…側で見てろ?」
何を?とは言わない
唯 見てろ…とだけ告げる
『言われなくとも見ておる!
だがお主を止めるのは…俺の仕事だと、昔も今も思っておるからな!』
弥勒は高笑いで一笑した
「なら頼む…」
『承知した!』
そう言い弥勒の声は消えた
康太は佐々木に向き直り
「と、言う事だ!佐々木の名前は捨てろ!」
最初から…そのつもりで来たのですか?
と、問い質したい
そんな手腕だった
「そんなに簡単には…」
名字は変えられません
佐々木は言い淀んだ
「時間は掛かるが大丈夫だろ?
弁護士に頼めばなんとかなるだろ?」
康太は意図も簡単に…なんとかなる…と言う
その根拠は?
どこにあるのか…解らないから
言葉に窮す
「佐々木には顧問弁護士は…おりません」
外資に声をかけられた時に、外資の弁護士を顧問弁護士にした
その外資が失脚した今
弁護士と呼べる人材は皆無に等しかった
「なら、オレの弁護士に頼むか?
そしたら東青が振り分けるか、自分でするか決めてくれるだろ?」
オレの…弁護士
飛鳥井康太、個人の弁護士を指す
「お任せしても宜しいですか?」
「構わねぇだろ?慎一連絡を入れてくれ!
今は花菱の廃業の処理で忙しいかもな…
でも他にも弁護士を入れたみてぇだしな電話してくれ」
康太に言われ、慎一は席を外し天宮に連絡を入れた
「あの…顧問弁護士もお願いしたいのですが…」
佐々木が康太に頼む
「天宮に逢った時に言え!
引き受けるならやるだろうし、ダメなら誰か信頼出来るのを着けてくれる筈だ」
「ありがとうございます」
佐々木は康太に深々と頭を下げお礼を述べた
「会社は蕪村建設と名前を変えろ!」
「はい。生き残れるなら何としてでもやり遂げます!」
会社の社員の生活がかかってる
飛鳥井康太に引き渡せないのなら…
自分が守らねばならぬ
そんな想いだった
「さてと、カタが着いたな!
善之助、今日は助かった!」
「私も二度と体験出来ぬ、采配が見られた
感謝するよ!」
善之助は康太に手を差し出した
康太はその手を握り、笑った
「お前の窮地にはオレは地球の裏にいても駆け付けるかんな!」
「それは心強い。」
善之助は嬉しそうに笑い康太の手を握り返した
そして、立ち上がると
「もうよいな。私の出番はなくもと進む」
「おう!後は線路に油を注いで出来上がりだ
滑り良くしとかねぇとな!」
「では、私は帰るとするか。」
忙しい身で駆け付けてくれた
分刻みでスケジュールが組まれている
その善之助が…総てのアポを断り駆け付けてくれた
「善之助、ありがとう!悪かったな」
「よいよ。君の為に動ける自分が嬉しい
今度は食事でも。時間を作っておいておくれ」
善之助はそう言い、康太を抱き締めた
「解った。呼べば何を差し置いても駆け付ける!」
康太はそう言い善之助を抱き締めた
確かな友情がそこに在った
善之助は一頻り康太と別れを惜しむと帰って行った
電話から慎一が戻ると康太に告げた
「天宮先生は総てお引き受けになる、との事です。」
「そうか。ありがとう慎一。」
「いえ。それが俺の仕事ですから。」
康太は慎一の胸を拳で軽く叩くと
「佐々木、引き受けてくれるそうだぜ!」と告げた
慎一は誇らしげに微笑み、ソファーへと腰を下ろした
「康太さん…何と言って良いのやら…」
潰そうとした
飛鳥井建設も飛鳥井康太も…
潰そうとした
なのに…生かしてくれると言うのか?
「何も言わなくて良い!
おめぇの肩には社員の生活が掛かってる
その重みを知りやがれ!
軽んじるな!社員はお前の手足だ!
錆びさせるな!思いやれ
人の上に立つと言うのは、それが総て出来ねばならない
覚えとけ!」
重い…
あまりにも重い言葉だった
「礎は会社の基礎なり
基礎は強固に揺らぐ事なく固めろ!
そしてその上に建つ屋台骨は柔軟でなくてはならない
強風にも嵐にも耐えて聳え立つ社でなくてはならない!
解るな?」
佐々木にも、宮瀬にも、語りかける言葉だった
「「 はい! 」」
佐々木と宮瀬は同時に返事を返した
「康太くん」
佐々木が康太に話し掛ける
「あんだよ?」
「ボクも君を心の師匠とお呼びして宜しいですか?」
「想うのは勝手だ!
弟子は取ってねぇけどな!」
「弟子になれなくても良い
君の言葉を指針に生きて行きたいと想います」
康太は何も言わず頷いた
「弟には…文弥には…
何時か誇れる兄になり…逢いに行きます!」
「誇れなくても逢いに行け
文弥の兄はおめぇしかいねぇ
蔵之介、おめぇの弟は文弥しかいねぇ
兄弟仲良く、寄り添えねぇけどな生きて行け」
「君には…返しきれない恩が有ります」
「なら返さなくて良い」
「何時か君に返したい」
「なら返せば良い」
お前の好きにしろ
康太はそう言い笑った
「間違った道を行く所でした…
墓場を探して…生きていました…」
「それも終わった
今のお前の顔は最高に良い面構えになったぜ!
装うな…そのまま自然に身を任せて生きて行け」
「はい。何時か君に返させて下さい!」
康太は何も言わず立ち上がった
康太が立ち上がると榊原が側に立つ
その後ろに一生と慎一が立ち、聡一郎が控えた
「話は纏まった!
オレは帰るとするか!」
康太がそう言うと、蓮司が康太の傍まで歩み寄る
「流石で御座います。」
蓮司は深々と頭を下げ、康太に告げた
「オレは適材適所配置するが役目
軌道修正して走らせる
強いては明日の飛鳥井の為、家の為
飛鳥井の為になるならば、どんな采配でもする!」
「一滴の血も流さずに
誰も落ちる事なく…
お見事で御座いまする真贋
貴方しか…導き出せぬ道で御座った」
「蓮司、一生が淋しがる
時々は顔を出せ」
「倅を磨き上げ、何処へ出しても恥ずかしくない教育をした後
一生君の所へ行きます」
「なら、那智に頑張ってもらえ!」
康太は蓮司の胸を軽く叩いた
「はい。」
「なら、後は頼むな。
文弥はオレと飛鳥井へ帰れ!」
文弥は、はい。と立ち上がった
そして聡一郎の側へ行き並んだ
「佐々木、駐車場まで一緒に行くか?」
「はい。ご一緒させて戴けるのでしたら…」
佐々木も立ち上がり…蓮司と宮瀬に深々と頭を下げた
「御迷惑をお掛け致しました」
佐々木のケジメだった
蓮司は「喧嘩両成敗!どちらかの責任ではない!」と一笑し
「今後は好敵手として競い合って行きましょう!」と手を差し伸べた
佐々木はその手を取り、一頻り分かち合うと頭を下げ、離れた
康太はそれを見届け
片手を上げて…背を向け
社長室から出て行った
宮瀬建設の社外に出るまで、何も言わず黙々と歩いた
康太は佐々木に
「蔵之介、聡一郎の足がねぇんだ
聡一郎と文弥を飛鳥井の家まで送って行ってくれ!」と頼んだ
「え…?」
「嫌か?」
康太に残念そうに言われ、佐々木は慌てた
「滅相もない…送って行きます」
「聡一郎、飛鳥井の家まで送ってもらえ」
聡一郎は「解りました」と言うと佐々木の側へ文弥と共に向かった
「ならな!蔵之介。
飛鳥井の家でな!」
康太はそう言うと、さっさと榊原の助手席に乗り込んだ
榊原は運転席に乗り込み
一生と慎一は後部座席に乗り込んだ
榊原が車を走らせる
車は宮瀬建設を離れ
飛鳥井の家へと向けて走り出す
「長げぇ…1日だったな…」
康太が…ぼそっと呟いた
「ええ。日付が変わっても帰れぬかと想いました」
榊原が優しく囁く様に返す
「これから始まる
幕は上げられた
もう誰も止まれねぇ…」
建設業界の腐食を正し…
強豪を増やしたも同然だった
激しい熾烈な争いは、火蓋を切って落とされた
凌ぎを競う闘いを自ら仕掛けた
建設業界の盛り上がりは経済の活性化の起爆剤になるだろう
「長かったな…」
少し疲れた…
と、康太は榊原の肩に…擦り寄った
榊原はそれを受け止めて…
康太の髪を撫でた
長かった闘いに…やっと一区切り着いた
飛鳥井の家の駐車場に車を停めると、康太は車から降りた
慎一は佐々木の車を誘導して、来客用のスペースへと停車させた
佐々木の車から、聡一郎は降り文弥を待った
文弥は…兄の車から何も言わず降り
聡一郎の側へと行った
「佐々木、悪かったな」
康太が声を掛ける
「いえ…文弥を宜しくお願いします」
「気になるなら逢いに来いよ!
オレはそう言わなかったか?」
「仰いました…」
「なら、逢いに来い」
「はい!」
佐々木は嬉しそうに返し笑った
そして、頭を下げると…
「ではまた」
と言い車を走らせた
文弥はそれを目で追い…
康太の側へと向かった
不安はある…
この先…どうなるのか?
康太がエレベーターの前に行くと、慎一がエレベーターを開けて待っていた
皆、エレベーターに乗り込むと、ドアは閉まり、上昇を始めた
飛鳥井の自宅のある最上階まで上り、ドアは開いた
エレベーターから降りると…そこにはリビングの様な寛ぎの空間があった
康太の姿を見付け、力哉が出迎えに走った
「お帰りなさい」
嬉しそうに、力哉が康太に抱き着いた
「ただいま。」
康太そう言い、力哉の背中を撫でた
飛鳥井の家から避難させて、離れて暮らしていた
こんな風に…お帰りなさい…と、出迎えて体温を感じれる日は…
何日ぶりだろう…
力哉の腕が震えていた
「力哉、佐々木文弥だ!
佐々木の家から貰って来た
お前に預ける、聡一郎共々面倒を見てやってくれ」
力哉は康太から離れると
「はい。」と笑顔で返し、文弥に向き直った
「安西力哉です!宜しくお願いします!」
力哉の紹介に…
会社で聞いた…処刑を待つ男の名前を思い出した
文弥は…何も言えず…礼だけした
「力哉。」康太が呼ぶ
「はい。」
「若旦那に逢った」
その言葉に力哉は嬉しそうに笑った
「元気でしたか?」
「おう!今度食事の時間を作ってくれ!」
「はい!田代と調整します!」
「おめぇがいねぇからよぉ、若旦那は気掛かりだったみてぇだぞ?」
「そんな事はないでしょ?」
力哉はそう言い笑った
「逢わせて…ねぇからな…」
飛鳥井は…家族を狙われ…避難させていた
家族バラバラになり日々を過ごした
当然…康太と離れて暮らさねばならなかった力哉は…
康太の指示で仕事はしても…
逢って…一緒の時間など持てなかった
そんな状態で…
戸浪になど逢う時間は…ないのは解っていた
「気になさらなくて結構です
僕は飛鳥井康太の持ち物ですから!」
康太は優しく笑い
「これからは離れる事はねぇ待たせたな」
慈愛に満ちた笑顔だった
その笑顔を見れば…
装う自分がボロボロと剥がれ落ちる
力哉は…泣いていた
「狡い…」
そんな顔されたら…
「泣くな…」
「だって…」
すんすん…鼻をすすり…力哉は泣いた
康太は力哉を抱き締めた
抱き締め…背中を撫でた
「淋しかったか?」
「決まってるでしょ!」
力哉が感情を露に叫ぶ
喜怒哀楽…本当に力哉は康太の前では
自分を装えない
力哉が涙を拭くと康太は
「力哉、お前に預けて良いか?」と問い掛けた
お前と…同じ位置にいた人間を…
お前に預けて良いか?
と、康太が問いかける
「はい。僕が責任を持って面倒見させて戴きます」
「聡一郎の戦力にしてやりてぇ」
適材適所配置する康太の目には、文弥のポジションは見えているのだ
だから連れて来たのだ
「お前と同じ…処刑されるのを待っていた
聡一郎と同じで…死ねる原因を探していた
憐れな…傀儡でしかないと想っている
違うと…教えてやれ」
力哉は…康太を見た
康太は人を再生する
再生した人間に違った人生を用意する
決して強制的に押し付けるのではなく
本人に…解らせる
お前は此処にいて良いんだよ…
お前はこれからは好きに生きて良いんだよ
と、語り掛ける様に
再生されて行く
その魂は…誰よりも人の痛みが解り…
物事が見える人となる
力哉は文弥に向き直り、手を差し出した
「佐々木文弥君、安西力哉です!
宜しくお願いします!」
文弥は力哉の手を取り
「佐々木文弥です。宜しくお願いします」
と、挨拶した
「母ちゃん!腹減った!」
康太はそんな、風景を何も言わず見守っていた家族に声を掛けた
そこに家族がいた
清隆も瑛太も…
鎌倉から帰って来ている源右衛門も
康太を出迎え…
その風景を…見守っていた
飛鳥井の家族が…
やっと1つ屋根の下に…集まった
そしてなにより…愛すべき康太が…
やっと家族の元へ帰って来た
「食事なら用意してある!
慎一、手伝ってくれぬか?」
玲香は嬉しそうにそう答え慎一と共に食堂へと向かう
康太はその後を追い
「母ちゃん、沢庵も忘れねぇでくれよな」
と、リクエストに余念がない
「解っておる。
お前の大好きな井筒屋の沢庵を買い込んでおる」
「なら、早く食いてぇもんよー」
ワクワクしながら康太は食卓に座る
暫くすると、康太の前に大好きな沢庵とホカホカのご飯が置かれた
味噌汁とおかずを並べると、康太は沢庵を一切れ口に放り込んだ
ポリポリ軽快な音が響き渡る
「うん!うめぇ!」
夢中に食べる康太は子供みたいだ
家族は、そんな康太を見守り…微笑む
家族がそこに在った
玲香は文弥の前に食事を並べた
「沢山食べるが良い。
食べねば康太の速度には着いては行けぬぞ」
優しく…
優しく…
文弥を包む
「文弥、康太の兄の瑛太です。」
瑛太は…飛鳥井の警備室に連れられて行く…
文弥の姿を見ていた
なのに…家族として受け入れてくれていた
文弥は、暖かなご飯に口をつけると…
泣いた
泣きながら…ご飯を食べた
鼻をすすり…塩っ辛いご飯を食べた
玲香が…そっと涙を拭ってやる
清隆が文弥のお皿に厚焼き玉子を乗せた
瑛太は文弥の鼻を拭いてやり
世話を焼く
こんな風に…食事をした事なんてなかった
家族なんて…名前だけだ…と、拒絶して
部屋で一人で食べていた
一人は淋しいと言う事すら…
気付かずに…いた
温もりに触れれば…
一人は寒くて淋しいと解ってしまう
文弥は…止まらぬ涙はそのままに…
出された食事を…総て食べた
満腹になれば…眠くなる
目蓋が…閉じそうな…康太は
「文弥、来いよ!」
と、文弥を呼んだ
文弥はビクッと驚き…立ち上がった
「寝るぜ!」
康太がそう言い文弥の手を取ると
「狡い!」と聡一郎が言った
力哉も負けずと「狡いです!」と便乗し
慎一が「雑魚寝しかないでしょ?」と提案した
「客間に…布団を敷くもんよー」
眠い康太は、何でも良いから寝させろ!と文句を言う
慎一は一生と共に客間に向かい、布団を敷いた
暑いから…適当に雑魚寝で良いだろ?
とばかりに…適当に布団を敷いて
その上に…康太はダイブした
数分後には…寝息を立てて寝ていた
榊原は苦笑して…康太の服を脱がせ
ラフな短パンとTシャツに着せ替えた
着替えを終えた文弥は…何処で寝て良いか解らず立っていた
力哉は強引に康太の横に文弥を押し込み
雑魚寝した
どう言う訳か…
慎一や一生、聡一郎に隼人以外にも
玲香や清隆、瑛太まで…雑魚寝に参加していた
慎一は…誰にも解らぬ様に手を合わせ…
明日の朝…被害者が…出ませんように…と祈った
主の寝相の悪さは…この家に貰われて来た日に洗礼を受けた…
長い1日が
終わりを告げた
飛鳥井の家の電気は消され
皆眠りに落ち1日は終わった
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