3 / 20
第3話
「真人さんお待たせ。いつものでよろしいですか?」
バーテン姿に身を包んだアキからは、先程のだらしない雰囲気は一切感じられなかった。
糊の効いた白いシャツに、細身の身体を引き立てる黒のベスト。襟元で留められたボタンの上には黒の蝶ネクタイ。雨に濡れ、くせ毛が目立っていた金髪には丁寧に櫛が通り、綺麗に整えられている。
バーテンダーとしてのアキの姿には、ひどくそそられるものがあった。
時折見せる思わせぶりな視線に気付いたのは、店に通うようになって間もない頃。カクテルを差し出される瞬間に、微かに手が触れ合う場面もあった。高崎はそれらのアプローチに気付かないフリをして、今まで通い詰めている。
高崎のセクシャリティーはバイだが、どうしても手を出せない理由がここにあった。
アキは神谷の愛人だったのだ。
その事実を知らされたのはアキに会う前だったからよかったものの、そうとは知らずに手を出してしまったら、高崎は今この場にいないだろう。組長のオンナに手を出した事実よりも、神谷を裏切ってしまったことに、高崎自身怒りを抱いていただろうからだ。
だがそんな内情を知らない自由奔放なアキは、高崎へのアプローチを繰り返した。見目の良さに惹かれたか、金の匂いに惹かれたかは知らないが。
静かなジャズが流れる狭い空間に、アキがカクテルを作る軽やかな音が波を打つ。レモンをグラスへ絞り込み、そこに氷を入れ、その上からジンを注ぐ。この時にわずかに首を傾げるその姿は扇情的だ。伏せられた瞼を飾るまつ毛が、女のように長いと気づいたのは最近のことである。ジンを注いだ後、さらにその上からトニックウォーターをグラスの内側に沿わせるように注ぎ、グラスの底に沈んだジンを持ち上げるように一度ステアする。氷がグラスを打つカラリという音が聞こえると、アキは柔らかい笑みを浮かべてカウンター越しに差し出した。
「ジン・トニックです」
高さのあるグラスに注がれた一杯。吸い殻を灰皿に押しつけ、右手で持ち上げると、中に入った氷がカラリと音を立てて崩れる。縁にはレモンが飾られており――通常はライムを使うが、高崎の好みを熟知しているアキは、彼が来た時にはレモンを使うのだ――見た目にも清涼感がある一杯だ。
ともだちにシェアしよう!