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第6話
「……すみません」
「もういい。しばらく話しかけるな」
高崎はそれきりアキに目を向けようとはせず、明後日の方向を向いて静かにグラスを傾けた。そそっかしい一面もあるものの基本的にアキは優秀だ。いつもならこんなミスは犯さないだろう。
カウンターを掃除し終えると、アキは中へ戻り、「作り直します」と言った。高崎は目線でそれを断った。もう半分以上口をつけているし、そこまで気を使う必要はないと思ったからだ。
高崎の視線を受け、その答えを知ったアキは、グラスに残ったディーゼルを一気に飲み干した。その後空いたグラスを丁寧に洗い、清潔な布で水滴を拭った。そのまま高崎が飲み終えるまで、アキはひたすらグラスを磨き続けた。
高崎はジンを味わう合間に、時たま視線をカウンター越しのアキに向けた。一時的に酔いが醒めたのか、今はバーテンダーとしての顔で、真摯にグラスに向き合っている。いつもこうであってほしいものだが、少なくとも高崎がいる場では、浮ついてしまうらしい。可愛らしいとも思うが、それ以上俺の心を乱さないでくれ、というのが本音だ。
空になったグラスを見て、アキはすかさず次の注文を聞いた。特に希望もなかったので、高崎は「お前の好きにしろ」とだけ答えて、再び煙草を吹かす。
その注文に満足したアキはスコッチウイスキー、ドライベルモット、スイートベルモットを手に取り、それらを計って同量の比率でミキシング・グラスへ注ぎ、器用な指遣いでステアした。バースプーンを持つ細い指はいつもより華奢に見えた。
二本目を吸い終わり、三本目の煙草に自ら火を点け、煙を燻らせていた時、アキの声がかかった。
「お待たせしました。アフィニティです」
「アフィニティ?」
コースターの上に置かれたブラウンの色合いのそのカクテルは、真上から降り注ぐ淡いオレンジの明かりを受けて、どこか妖艶に輝いていた。
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