7 / 20
第7話
「受け取ってもらえますか?」
カクテルグラスに指を添えたまま、アキは真剣な眼差しで尋ねた。
「どっちの意味でだ?」
「もちろん、あなたが聞きたくない方です」
それを聞いて高崎の気分は一気に沈んだ。神谷に連れられて入ったBARでこの手の話はよく聞いていた。
花に花言葉があるように、酒にも酒言葉というものがある。男が女を、あるいは女が男を口説くときに使うらしい。もちろん注文したところで相手がその意味を分からなければ成り立たないが、そういう時は蘊蓄を語り、酒についての知識をアピールする場へと変わる。
神谷は後者のタイプで、その知識と恵まれた美貌を生かし、次々と女を――時には男も――手にしていた。高崎はその手のやり方を好まないが、神谷のせいで要らぬ知識だけは持ち合わせることになった。
だから当然、このカクテルの意味にも最初から気づいていた。そして、このバーテンダーの気持ちにも。
「真人さん……俺、もっとあなたと触れ合いたいです」
伏せていた視線を上げ、アキは高崎の目を見て言った。
「こんなこと言ったらダメだってことくらい、俺にも分かる。神谷さんを裏切ってしまうってことも……でも、俺は真人さんのことをもっと知りたいし、真人さんに俺のこと見てほしい……」
アキの目はわずかに潤んでいた。思わず食指が動きそうになるが、同時に神谷の顔が浮かんだ。
あの人を裏切ることはできない。
高崎は大きく煙を吹き出し、半分ほど灰になった吸い殻をカクテルグラスの底へ押し付けた。じっ……と小さな音を出し、火は消えた。ブラウンのカクテルの海の底に、ほろりと灰が沈殿していった。
「……え?」
アキは信じられないものを見るような目で、穢れていったカクテルを見つめた。
「こんなもの飲めるか。別のものにしろ」
「……かしこまりました」
引きつった笑みを浮かべて、アキはアフィニティを下げて、手早く別のカクテルを作る。その手つきがいつもより落ち着きがないことは見ないようにした。
ともだちにシェアしよう!