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第15話

 しばらくの間、ふたりには会話がなかった。聞こえるのは徐々に勢いを増していく雨の音と、少しずつ弱まっていくアキの吐息。ただそれだけだった。  やがてアキはそっぽを向いている高崎の方に腕を伸ばし、血に染まった指先で彼の頬をなでた。 「そんな顔して、あやまらないでよ……ますます悲しいじゃん……俺」  聞いている側の胸が痛くなるほど悲痛な声でアキは言った。それから重い身体を起こし、少しでも高崎に近寄ろうと上体を持ち上げる。必死なその姿を見て、高崎はその場を動くことができなかった。 「はは……俺、やっぱり真人さんのこと好きなんだね……さよなら真人さん……俺、最期にあなたの側で逝けてよかっ――」 「アキ!」  バランスを崩し前のめりに倒れたアキを、高崎は衝動のままに抱きしめた。 「……アキ……っ」  初めてその身体に触れた。アキの身体は見た目よりもさらに細く、そして冷たかった。 「アキ……アキ……」  このまま腕の中に閉じ込めておけば、アキは逝かずにすむのだろうか。そんな子供じみた考えすら浮かぶ。アキの呼吸が弱まってくる。命の灯火が途切れるのも時間の問題だった。 「……俺はお前を愛してる」 「……っ」  言葉にしないと伝わらないと思った。 「愛してる……愛してる……」  高崎は何度も何度も同じ言葉を囁き続けた。抱き込む腕の力を強め、このかけがえのない存在を、永遠に繋ぎ留めておけるように。  やがてアキがぽつりとつぶやいた。 「夢みたい……」 「夢じゃない」 「まこと……さんと、触れ合える……なんて……ねぇ、おれ……もう、死んじゃったの……?」 「馬鹿なこと言うな。お前は生きている。俺の腕の中で生きている」  力強い言葉と共に高崎はアキを抱きしめた。もう言葉は必要ない。互いの存在だけで、充分だった。  そして、その時は訪れる。 「ありがと……まこと、さん……おれも、あなたを愛して――」  暗い路地裏の片隅で、街灯の明かりに照らされながら、高崎が唯一愛した男、アキは二十二年の短い生涯を終えた。儚くも、愛情に彩られ、散っていった命。  だが高崎は、彼の最期の願いを、どうしても叶えてやることができなかったのだ。

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