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第18話
「あ、ああ……っい、や、めっ――」
「聞こえねぇな」
男は涙目になって高崎に慈悲を乞うが、今更聞く耳など持たない。拳銃を握る右手に力を込めると、男は泣き叫びながら高崎に訴えかけた。
「あ、あいつが、っお、俺を誘ってきたから……っ!」
「……」
「あのオカマ野郎が俺に色目を使ってきたから俺はっ――!」
男の弁解を待たずに、高崎は引き金を引いていた。鈍い衝撃音と降り注ぐ返り血。静まり返った廃工場に、薬莢が落ちる音が高らかに響いた。
「汚ねぇな……っ」
男の弾け飛んだ腹から右手を抜き取ると、それは真っ赤に染まっていた。生理的に嫌悪感が湧き、思わず眉を顰める。
高崎は汚れたその手を、まっさらなハンカチで拭った。だが、どれだけその血を拭き取っても、この身に残る後悔は消えない。敵である男を殺したとしても、アキは帰ってこないのだ。
「……っ」
憎しみが肉体を動かし、その場から立ちあがった高崎は、物言わぬ肉塊に向けて続けざまに発砲した。全ての弾を撃ち終えても、この身に宿る憎しみを無くすには至らなかった。
「くそが……っ!」
最後に高崎は綺麗に磨かれた革靴で、男の身体を踏みにじった。
ようやく怒りの炎が落ち着き、冷静さを取り戻した時には、日が陰り、夜の闇へと移り変わろうとしている頃だった。
「待たせたな」
外で待っていた西田たちに声をかけ、高崎はいつもと変わらない足取りで車へと向かう。その背中に何か感じるものがあったのか、珍しく西田が口をはさんだ。
「神谷の親父には何と……」
「俺から報告する」
肩越しに振り返り、高崎は静かな声で答えた。
「汚しちまって悪かったな……」
「いいえ。あとは私たちで片づけます」
「ああ、全てお前らたちに任せる」
「はい」
西田の声を背に受け、高崎は運転席へと乗り込んだ。キーを回し、エンジンをかける。アクセルを踏むと、血まみれの靴裏からあの男の残滓が身体中に染み渡るような、嫌な感覚を覚えた。
「汚ねぇ……反吐が出る」
早く自宅に戻って汚れた装いを取り払いたい。熱いシャワーを浴びて何もかも忘れてしまいたい。高崎は強くアクセルを踏み込み、家路を急いだ。
その道中、できるだけアキのことは考えないよう努めた。
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