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「今夜は十五夜だそうだ。月が綺麗だな」 「うん。すごく綺麗」 「後で団子を持ってきてやる。一緒に食べよう」  光伸の言葉に、智治(ともはる)は嬉しそうな笑みを浮かべる。 「後は自分でする」  早く団子が食べたいのか、智治の手が手ぬぐいを掴む。堪らず光伸は口元を緩めた。  素直な反応を可愛いく思う。だが、その一方で自由を奪われ、たかが団子一つすら満足に得られない弟の哀れな境遇に、複雑な心持ちがしていた。 「分かった。ちゃんと拭くんだよ。もう一つ盥を持ってくるから、髪も洗うといい。石鹸も置いておくからね」  そう言い残して、光伸は再び蔵の外に出る。しっかりと南京錠をかけ、外れないかの確認も怠らない。すぐに戻ってこれるとはいえ、施錠は必ず行っていた。それは智治の身を守るためでもある。    智治は十三の頃から始まったオメガの発情期によって、この蔵に隔離されていた。  九条家は代々、商家を営んでおり、今では村を牛耳るほどの家柄でもある。  家長である父は智治がオメガであることを忌まわしく思い、当初は妓楼に引き渡すとまで言い出した。妖艶なる容姿とオメガ特有の発情期を利用し、多くのオメガたちがそういった場所に売られていた。  擁護すべきはずの産みの母は、父からの制裁を恐れて家を出て行った。  残された光伸は悲しむまもなく、すぐさま父に猛反発した。  オメガだろうと抑制剤を飲みさえすれば、生活に支障はない。売り飛ばすというならば、弟を連れて自分は此処を出るとまで言い切った。  歳が七歳も離れていたが、甘え上手で自分を慕ってくれる智治を光伸は非常に可愛がっていた。そんな弟と離れ離れになることは、考えたくもなかったのだ。  さすがの父も嫡男でアルファである光伸は手放したくないようで、渋々要求を飲んだ。ただし、智治は母屋での暮らしを許されず、土蔵での生活を強いられた。  光伸はそれすらも抵抗を示したが、これ以上の改善は見込めずに渋々引き下がることとなった。

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