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「光伸。後で私の部屋に来なさい」  父は険しい表情で一瞥(いちべつ)をくれ、それだけ言うと光伸の横を通り過ぎていく。  振り返った光伸が返事をする間もなく、父は廊下の角を曲がっていった。後で小言を言われるだろう。だが、それは覚悟の上。それよりも今は、寒い場所で待つ弟の方が気がかりであった。  光伸は急いで土蔵に戻ると、灰に置かれた三徳の上に鉄瓶を置く。 「沸いたらすぐに身体を拭いてやるからね。火鉢がある間は、いつもより温かい湯で拭いてやれる。便利なもんだな」  そう言って光伸が笑うも、智治は視線を落として膝に乗せていた拳を固く握っている。 「……お兄ちゃん」 「ん? なんだ?」  何処(どこ)か居心地悪そうな表情の智治に、光伸は笑みを消し顔を覗き込む。 「こんなに僕に構っていて、お父様に怒られるんじゃないの?」  智治の黒い瞳が不安げに揺れる。光伸は再び笑みを作り、固く握られている拳の上に手を乗せた。ひんやりと冷たいその手を温めるように摩ってやる。 「何を言っているんだ。何度も言っているだろう。智治は僕の大切な弟なんだ。弟の世話をするのは当り前のことなんだよ」  言い含めるように告げる。それでも不安げな表情の智治に、光伸は立ち上がる。 「井戸から水を汲んでくる。それに沸いたお湯を割って、いい湯加減にすればいい。それが終わったら、饅頭を持ってきてやる」  甘いものが好きな智治にそう告げると、少しだけ智治の表情が和らぐ。  それを見届け光伸は、再び湯の準備に取りかかった。

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