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「アルファに決まっているだろうが。オメガなど、うちの敷居を跨がせるのも(いと)う」 「だったら智治が襲われないとも限らない」 「お前は親を馬鹿にしているのか! 九条家よりも出来損ないの弟が大事だというのか!」  父は肩を怒らせ、光伸に罵声を浴びせる。 「私にとっては弟がオメガだろうと、アルファだろうと大切なことには変わりありません。以前申し上げたとおり、この家を捨ててでも智治と共にいる覚悟があります」  光伸がなおも言いつのると、父が怒りで煙管(きせる)を投げつける。咄嗟に顔を背けた光伸だったが、頬に痛みが走り、灰が制服を白く汚す。 「そこまで言うならば、こっちにも考えがある」  顔を上げた光伸に、父が不適な笑みを浮べた。 「せいぜい無力を実感しろ。親の力なしにお前は何も出来やしない」  翌日。光伸は学校に行く前に、女中である聡子に智治の身辺に注意を図るように頼んだ。  聡子はベータの使用人で、光伸が小さい頃から仕えている。見た目もおっとりしている妙齢の女性だ。光伸も聡子だけは信用していて、自分がいない間の智治の世話を頼んでいた。  光伸の頼みに、聡子は了承を述べた。だが、お話がありますと言って、どこか思い詰めたような表情をした。いつにない暗澹とした雰囲気の聡子が気がかりではあったが、智治のところに行かなければならず、光伸は帰宅したら聞くと告げて土蔵に向かった。  格子越しに自分と聡子以外の人間には、十分に注意するようにと智治に告げる。訝しむ智治に帰ったら訳を話すと言い残し、光伸は学校へと向かった。  内心は学業どころではない。だが、学業を疎かにしてしまっては、智治に勉強を教えることができなくなってしまう。  智治は中学から学校に行っておらず、光伸が勉強を教えていた。そのせいか智治は十六になるにもかかわらず、世間知らずで知識も乏しい。言葉遣いにも拙さが残っていた。それは外に出れないからこその弊害でもある。だからこそ、自分が得た知識をできる限り智治に与えてやりたかったのだ。

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