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「発情期が近いな。薬は飲んでいないのか?」 「……うん」  心なしか智治の目が虚ろになっていた。此処数年、周期ごとに薬を飲んでいた。ここまで症状が強く出たことはなかったはずだ。 「どうして? 聡子さんに貰わなかったのか?」  光伸の問いかけに、智治が首を横に振る。いつもだったら聡子が気を利かせて、食事と一緒に出すはずだった。  何かがおかしい。父の言葉といい、周期を知っているはずの聡子の手違いといい、疑念を抱かずにはいられない。 「分かった。僕が持ってきてやる」  そう言って蔵から出ようとした光伸の袖を智治が引く。驚いて振り返ると、今にも泣き出し そうな顔をした智治と目が合う。 「……聡子さんは何も悪くないよ。何度も僕にごめんなさいって……」 「それはどういうことなんだ?」  驚きのあまり光伸は智治の肩を揺さぶり、問い詰める。智治はただ首を横に振った。 「……わからない。でも聡子さんを怒らないであげて」  こんな時でも智治は、自分の身よりも他人を気にかける。蔑ろにしている両親のことですら、責めることもしない。光伸は自分の不甲斐なさに歯がみした。それでも悔しさを押し隠し、光伸は分かった、と言って口元を緩める。 「聡子さんには怒らない」 「本当に?」 「ああ、約束するよ」  光伸が断言すると、安堵した様子で智治の手が袖から離れる。 「とにかく薬を取ってくるから」  そう言い残し、光伸は蔵を出た。施錠をするなり、急いで母屋へと引き返す。  智治には怒らないと言ったが、聡子を問い詰める気でいた。発情期になればどれほどの危険と屈辱が待っているのか、知らないはずがない。使用人の男に組み敷かれていた智治の姿を思い出し、光伸は腸が煮えくりかる心持ちだった。

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