11 / 21

11

 母屋の廊下を歩きつつ、聡子の姿を探す。夕刻であれば炊事場にいる可能性が高いと、光伸はそちらに足を向けた。しかし、聡子の姿は何処にもない。代わりに別の女中が食事の用意をしていた。  光伸が近づくと、まだ年若い女中が包丁を持っていた手を止めて振り返る。光伸と目が合い、驚いた表情で手を拭ぐい頭を下げた。 「坊ちゃん。お帰りなさいませ」 「ただいま。聡子さんはどちらに?」  光伸の問いに、女中は困ったように眉尻を下げる。 「……ご存じないのですか?」  光伸は眉を寄せ、「何かあったのですか」と問い返す。  女中は俯き、視線を彷徨わせた。ただならぬ雰囲気に、光伸は固唾を飲む。 「聡子さん……今日付で暇を出されましたよ」  やっと口を開いた女中の言葉に、光伸は唖然とした。今朝、彼女は話があると言っていた。まさか自分に黙ったまま、此処を辞めたとは俄には信じがたい。 「それは何故ですか?」 「それが……非常に申し上げにくいのですが――」  女中はしばし躊躇ったのち、口を噤んでしまう。 「良いから、教えてくれ!」  光伸がやや怒気を孕んだ声を出すと、女中は少し怯えた表情で口を開く。 「聡子さん……旦那様の部屋から抑制剤を盗み出そうとしていたようでして」 「聡子さんが? 一体なぜ?」  その動機に検討もつかず、光伸は怯える女中に構わず問いただす。 「わ、私も詳しくは知りません。ただ……旦那様が、智治さんの抑制剤を出すな、と申しておられたようでして……もしかすると、聡子さんはそれで……」  どうやら父は智治に抑制剤を与えるなと聡子に命じたようだった。それを気の毒に思った聡子が、こっそり父の部屋から持ち出そうとしたところを見つかり、暇を告げられたのだろう。そう考えれば、聡子が智治に謝ったのも納得がいく。

ともだちにシェアしよう!