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 翌朝の早朝に、光伸は学校には向かわずに汽車を乗り継ぎ東京の街に向かった。  駅舎につくなり、重たい空気が光伸を包む。住んでいる場所に比べて文明が発達し、着物姿の男よりも洋装の人間が多く行き交っていた。大きな道路で男達が、ステッキ片手に馬車や流 しの自動車を捕まえては乗り込んでいく。人の多さと忙しなさに圧倒されつつ、光伸はまるで異国の地を彷徨うが如く練り歩いた。  怖じ気づいている暇などない。早く薬を見つけて、智治の元へと戻らなければならなかった。  やっと薬屋らしき店を見つけるも、抑制剤は販売してはいなかった。何軒か薬屋を回った後、輸入物を扱う薬屋でやっと見つけることができた。だが、喜んだのも束の間、多めに持ってきていた金でも足りず、手元にあった懐中時計を質屋に入れても足りない金額だった。  何もかもが徒労に終わり、家路についたときにはすっかり夜になっていた。激しい疲労感に苛まれつつも、光伸は土蔵に向かう前に母屋に立ち寄った。  夕方には家に戻る予定だったこともあり、智治には朝と昼の食事し用意していなかった。きっと今頃お腹を空かせているはずだ。光伸自身も朝から駆けずり回っていたこともあって、食事を口にしていない。母屋で女中に握り飯を作ってもらい、光伸はそれを片手に土蔵へと向かう。  月明かりと星の瞬きで夜道を進む。時より黒い雲が月を覆い、視界が闇に閉ざされる。  月が闇に溶け込んでいるような不吉な夜であった。暗澹とした気持ちを表すような情景に、光伸は顔を顰める。  自分が不甲斐ないせいで、おおよその一週間、智治は一人であの暗く寒い場所で過ごさなければならない。本格的な発情期が始まれば、誰も近づくことが出来なくなるだろう。  そうなれば食事は蔵の前に置き、智治が自分でそれを回収する。それを確認したら鍵を掛け ――では、寒さを凌ぐための火鉢はどうする。身体を清める為の湯は? 夜は一人で寒さに凍えながら眠り、強烈な劣情をどう慰めるというのだろうか。  考えるだけで血の気が引く思いがした。何故、心優しい弟がこんな思いをしなければいけないのか分からない。出来ることなら自分が変わってやりたかった。

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