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「……急に扉の外から大きな音が何度もして……怖くなって端に逃げたんだ。しばらくして音が止まったって思ったら、今度は知らない男が入ってきて……僕を見つけて、笑ったんだ。大人しくしていれば、酷いことはしないって言われて……でも僕、怖くて――」  智治は何度もつっかえながら言葉を発した。  それから頭を抱えるや、何度もどうしよう、と繰り返し口にした。大粒の涙が目から溢れ出し、嗚咽を上げ始める。 「智治は悪くない。その男をお前に乱暴を働こうとしたんだ。お前は自分を守っただけなんだよ」 「でも……僕は人を殺したんだ。どうしよう――また、お母様やお父様に嫌われてしまう」 「大丈夫だ。心配することはない」  光伸は智治を慰めつつ、暗がりに倒れている男に視線を向ける。男は突っ伏したまま微動だにしない。よくよく見ると、死体の周りが赤く染まっていた。横向きの顔には乾いた血の痕が残っている。男の顔に光伸は見覚えがなかった。  不意に、これも父が仕組んだことなのではないかと思い至る。  敷地の奥まった所に土蔵はある。周囲の人から目に付かない場所にあり、智治がそこに匿われていることを知っているのも屋敷の人間ぐらいなものだ。にもかかわらず、智治の話からして明らかに乱暴を働こうとしていた。この男は智治が此処にいると知っていたからに他ならない。もしかすると父が抑制剤を出すのを拒んだのも、この為だったのかもしれない。  何処までも卑劣な父に、光伸は怒りに打ち震える。 「……お兄ちゃん」  辛そうな声に光伸は、はっとして智治に視線を向ける。さっきとは違い、虚ろな瞳がじっと光伸を見つめていた。  動揺のあまり薄れていたが、智治の匂いは濃くなっていた。ずっと此処に居ては、理性を保ち続けることは難しいだろう。どちらにしろ、男の死体をそのままにしておくわけにもいかない。

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