4 / 24
第4話【僕の涙】
それでも、僕の頬は濡れていく。頬という部位は、受け皿なんかじゃない。だから、頬を伝って枕を湿らせる。
とめどなく溢れる体液は、僕のじゃない。
――だって、あまりにも温かすぎる。
「僕は、誰……っ?」
自分の事を『僕』と言い、僕の事を『僕』と呼ぶものだから……今の台詞は、自分の事なのか……それとも、僕の事なのかは分からない。
ただ分かっているのは……情けないくらい涙を溢れさせて、どうしようもないくらいクシャクシャな顔をしているのが、僕じゃないという事。
――なら、それでいい。
――どちらの事を訊かれているのか分からないなら、両方とも教えてあげたらいいんだ。
僕は笑みを作り、指で指し示しながら答える。
「今泣いている方が、一太郎 君。泣いていない方が、壱太郎 」
僕の動きに倣う様、一太郎と呼ばれた男が指を指す。
「僕が、一太郎……僕は、壱太郎……っ?」
「うん、そうだよ、そう。分かる?」
頭に手を添え、肌触りのいい髪を撫でた。万事解決。……そう見えないかい?
――けれど、泣き止まない。
「じゃあ……僕と僕が泣いたら? どっちが、一太郎……?」
――それは、屁理屈のような問い掛け。
思わず眉を下げそうになるけれど、何とか笑みを貼り付け続ける。
「僕は泣かないよ。だから、僕は壱太郎だ」
「表面は、違っても……中身が、同じだったら……っ?」
……分からず屋め。思わず、唇を尖らせてしまうところだったじゃないか。
今泣いているのが、兄である一太郎君だ。それは、表情が変わったって揺るぎ無い真実。
確かに……僕らは双子の兄弟で、顔の造型が全く同じだ。
髪型も、背も、体格も、成績も、運動神経も……全く同じ。
周りから見たら、一太郎君と僕はどっちも同じに見えるだろう。何もかもが同じ様に出来る僕等の事を、どっちがどっちかなんて……他者は気にも留めない。
――だからって、同じ人間なわけがないんだ。
そんなの、子供でも分かる話だろう? 世界には【似た人】がいても【同じ人】はいない。わざわざ学校で教えてもらわなくたって分かる、至ってシンプル、単純明快な話さ。
だけど、一太郎君はそれが分からない。
……は? 『知的障害』? 『精神疾患』?
――ふざけた事ぬかすんじゃねぇ、殺すぞ。
一太郎君は何もおかしくない。自分と僕、どっちが一太郎でどっちが壱太郎か分からないだけ。
それがおかしいだなんて、誰にも言わせない。そもそも大前提として……誰にも言う権利なんてねぇんだよ。
――一太郎君をこうしたのは、他でもないお前達なんだから。
ともだちにシェアしよう!