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第4話【僕の涙】

 それでも、僕の頬は濡れていく。頬という部位は、受け皿なんかじゃない。だから、頬を伝って枕を湿らせる。  とめどなく溢れる体液は、僕のじゃない。  ――だって、あまりにも温かすぎる。 「僕は、誰……っ?」  自分の事を『僕』と言い、僕の事を『僕』と呼ぶものだから……今の台詞は、自分の事なのか……それとも、僕の事なのかは分からない。  ただ分かっているのは……情けないくらい涙を溢れさせて、どうしようもないくらいクシャクシャな顔をしているのが、僕じゃないという事。  ――なら、それでいい。  ――どちらの事を訊かれているのか分からないなら、両方とも教えてあげたらいいんだ。  僕は笑みを作り、指で指し示しながら答える。 「今泣いている方が、一太郎(かずたろう)君。泣いていない方が、壱太郎(いちたろう)」  僕の動きに倣う様、一太郎と呼ばれた男が指を指す。 「僕が、一太郎……僕は、壱太郎……っ?」 「うん、そうだよ、そう。分かる?」  頭に手を添え、肌触りのいい髪を撫でた。万事解決。……そう見えないかい?  ――けれど、泣き止まない。 「じゃあ……僕と僕が泣いたら? どっちが、一太郎……?」  ――それは、屁理屈のような問い掛け。  思わず眉を下げそうになるけれど、何とか笑みを貼り付け続ける。 「僕は泣かないよ。だから、僕は壱太郎だ」 「表面は、違っても……中身が、同じだったら……っ?」  ……分からず屋め。思わず、唇を尖らせてしまうところだったじゃないか。  今泣いているのが、兄である一太郎君だ。それは、表情が変わったって揺るぎ無い真実。  確かに……僕らは双子の兄弟で、顔の造型が全く同じだ。  髪型も、背も、体格も、成績も、運動神経も……全く同じ。  周りから見たら、一太郎君と僕はどっちも同じに見えるだろう。何もかもが同じ様に出来る僕等の事を、どっちがどっちかなんて……他者は気にも留めない。  ――だからって、同じ人間なわけがないんだ。  そんなの、子供でも分かる話だろう? 世界には【似た人】がいても【同じ人】はいない。わざわざ学校で教えてもらわなくたって分かる、至ってシンプル、単純明快な話さ。  だけど、一太郎君はそれが分からない。  ……は? 『知的障害』? 『精神疾患』?  ――ふざけた事ぬかすんじゃねぇ、殺すぞ。  一太郎君は何もおかしくない。自分と僕、どっちが一太郎でどっちが壱太郎か分からないだけ。  それがおかしいだなんて、誰にも言わせない。そもそも大前提として……誰にも言う権利なんてねぇんだよ。  ――一太郎君をこうしたのは、他でもないお前達なんだから。

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