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第5話【僕等のキス】
弱々しく震えている一太郎君の頭に両手を回し、引き寄せる。すると、涙を溢れさせている赤い瞳が、驚きで瞬時に見開かれた。
「何――ん……っ!」
驚きを伝える術が封じ込められ、代わりにくぐもった声を漏らす。話している途中だった唇は開かれていたから、舌を入れるなんて容易だ。……僕はこう見えて本命に優しいから、無許可にそんな事をしたりしないけれど。
「んっ、ふ、ぁ……」
角度を変え、一太郎君の唇に、形が全く同じものを押し付ける。くぐもった声は、一太郎君のものなのか僕のものなのか……分からない。
――このまま、唇からドロドロに融けて……一つになってしまえたら、究極のハッピーエンドなのに……。
永遠にこうしていたいけれど……今日は平日だから、学校に行かなくちゃいけない。そろそろ起きないと、一階にいる母親が部屋まで起こしに来てしまうだろう。いくら母親でも、大好きな一太郎君との逢瀬は見られたくない。これが、思春期かな?
名残惜しさを感じつつ、掴んでいた頭をゆっくりと離す。無意識のうちに閉じていた瞳を開くと、同じタイミングで一太郎君も瞳を開いた。
「ぼ、僕……? な、何、した……の?」
困惑している一太郎君は、なんて可愛いんだろう。食べちゃいた――いや、それは駄目。食べちゃったら、一太郎君がいなくなってしまう。正しくは、食べられたい……かな。うん、一太郎君になら好き勝手されたい。優しくされるのも、手荒にされるのも、どんとこいさ。可愛いところもカッコいいところも、大好き。
動揺している一太郎君とは対照的に、僕は堂々と答える。
「今、驚いてるでしょう? だけど、僕は驚いてない。だから、僕等は別人だよ。一太郎君は一太郎君、僕は僕……ね? 分かった?」
笑みを作り、一太郎君を見つめる。気付けば、一太郎君の瞳は涙が枯れていた。
暫く動揺していた一太郎君だったけれど、どうにか理解出来たのか……小さく、頷く。
「う、ん……うん、うん。驚いたのは、僕だ。だから、僕は一太郎……だよ、ね……?」
「うん、そうだよ。僕の大好きなお兄ちゃん。僕の、僕だけの一太郎お兄ちゃんっ」
「そう……僕は、一太郎……そう、そうだっ、そう、そうだった……っ!」
何度も頷いて、何度も確かめて、何度も頭に叩き込んで……一太郎君は漸く、自分が一太郎だと気付いたらしい。
上体を起こした一太郎君が、僕から離れる。それはほんの少し寂しいけれど、起き上がるのには好都合だ。僕も上体を起こし、ベッドから足を下ろした。
「朝ご飯、食べに行こっか?」
両手を天井に向け、半身をゆっくりと伸ばす。一太郎君のおかげで、本格的に目が覚めた。好きな人に起こしてもらえるだなんて、僕は幸せ者だなぁ。僕もいつか、一太郎君を起こす立場になれたらな……なんて。
――起こす、立場……?
不意に、妙な錯覚を起こす。
――だがその錯覚は、両の手首を突然掴まれた事により、呆気無く消え去った。
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