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第7話【僕等の始まり】

 ふいっと顔を背けて、素肌を撫でる一太郎君の手首を掴む。学校に行かなくちゃいけないんだから、これ以上は駄目だ。  でも、一太郎君は強情だった。 「手、放して?」 「だ……だめ、だよ……っ」 「僕の事、嫌い?」 「そんなわけないっ!」  僕の返事に、一太郎君が満足そうに笑う。 「良かった。……大好きだよ」  心臓に鉛球を打ち込まれた感覚だ。痛い、苦しい、幸せ、大好き……っ。  不意に、一太郎君の唇が、耳朶に触れた。  かすめた程度……たった一瞬だったのに、吹けば飛んでいくような理性が、お湯に沈む砂糖のように甘く溶けていく。 「僕の大好きな、僕……僕が僕だって、強く感じたいんだ。だから……ね? 脚、開いて……?」  耳元で熱く、甘く囁かれた一太郎君の言葉に、僕の体は恥ずかしい程素直に従った。 「……うん……っ」  ――一太郎君に求められて、抵抗なんて出来ないさ。……当然だろう?  一太郎君が自己を見失うようになったのは、いつ頃だったか……正確には、憶えていない。  一つだけ言えるのは、一太郎君が僕にだけ取る、自己を肯定させたがる行為。それに対して、僕が欠片も驚かなくなったくらいには、前だって事だけ。  元々、一太郎君は優しい人間だった。それは、他者から優しい人だと思われる為に取っているエゴ的なものじゃなくて、本心からの行動。つまるところ、心根が凄く優しい人だって事。  誰にでも優しい一太郎君が、最も優しさを向ける相手が誰だか……当然分かるよね? そう、僕だよ。  ……念の為補足しておくけれど、これは決して自慢じゃない。  ――むしろ、悲しい事だった。  全ての始まりは、恐らく父親だろう。  幼少の頃、今と変わらずいつも一緒に行動していた一太郎君と僕を見て、父親はこう言った。 『おい、一太郎? 服の袖んところ。ゴミ付いてるぞ』  一太郎君が遊びを中断して、服の袖を見る。けれど、ゴミが見つけられない。  まさかと思い、僕は自分の袖を見てみた。ゴミが見つかる。  僕等の動きで、父親は一太郎君と僕を見間違えたんだと気付いたらしい。  ――そこで……決定的な事を口にした。 『あ、壱太郎か……まぁ、どっちでもいいからゴミ取れよ~』  それは恐らく、一太郎君と僕……どっちがどっちでも構わないという人権侵害的な意味合いじゃなかっただろう。服に付いたゴミさえ取れれば、それで良かった……そういう意味合いだ。父親には、悪意も他意も無い。  僕は昔から、一太郎君さえいたらそれで良かった。だから、父親の言葉なんかに人生の重きを置いていない。  ……『じゃあ、どうしてその時の事を憶えているのか』って?  そんなもの、理由は決まっている。  ――一太郎君が、酷く傷ついていたからだ。

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