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第8話【僕等の違い】
一太郎君が何を好きで、何をしたら喜ぶのかを記憶しておくのは、僕にとって最重要課題だ。いつだって一太郎君の事を想っているんだから、それくらい当然だろう?
つまり、その逆も然り。一太郎君が何を嫌いで、何をしたら悲しむのか……それも憶えておかなくちゃならない。
だから、僕は考えた。父親が発した言葉の、どこで傷付いたのかを。一太郎君が悲しむ事を、僕だけはしないよう、意識する為に。
それからも、一太郎君は傷付く事が増えていった。その度に、僕は考えて考えて考えて……ようやく、答えに辿り着いた。
一太郎君は、僕等双子の存在を曖昧にされると、傷付くらしい。
初めのうちは『言わせておけばいい』なんて、軽く考えていた。
だってそうだろう? 誰が何と言っても、一太郎君は一太郎君で、僕は僕なんだ。それは、誰にも覆す事の出来ない確たる真実。
――なのに、一太郎君はおかしくなっていった。
壱太郎だと間違えられ動揺し、一太郎と呼ばれている僕を見て、狼狽する。
その度に、謝られたのなら話は違ったかもしれない。平身低頭とまでは言わないが、せめて申し訳無さそうな顔を作ってくれたら、救いはあったのかも……。
――けれど、後の祭りというもの。
一太郎君と僕を間違えた人は皆、父親と似た対応をした。
悪びれず、反省せず、何事も無かったかのように要件を押し付け、話を続ける。そんな仕打ち。
僕にとったら些事だけど、それはあくまで僕だけ。いくら双子でも、考え方の相違くらいある。
一太郎君は、素敵な人。誰よりも優しくて、誰よりも強くて、だからこそ誰よりも弱い……そんな、人間らしい人間。
他人の一挙一動を鵜呑みにし、全てを心に溜め込んで、膨れ上げる。
――その結果が、あの有り様だ。
他者の言葉を信じたら、自分は一太郎でも壱太郎でもいい。だけど、一太郎君は一太郎君で、壱太郎とは別人。一太郎君自身は、それをよく知っている。
けれど、外見とステータスが全く同じ僕等に違いを求めるなんて……ナンセンスな事なんじゃないか。
一太郎君にとって、僕に似ていると言われるのは、嫌な事じゃない筈だ。現に『そっくりだね』と言われたら、嬉しそうに笑っていた。
だから、双子という事はアドバンテージだと思っているのだろう。僕も、それは同じ気持ち。大好きな一太郎君に最も近しい存在が自分だなんて……それだけで勃起しそう。
でも、だからこそ……一太郎君は迷走してしまった。
自己を証明したいのに、僕との違いは証明したくない。圧倒的な矛盾だ。
……そうそう。余談だけれど、僕は一太郎君が自分を見失っている事に対して、全く怒っていない。ましてや、毎日毎日自己の肯定を求めてくる一太郎君にも、怒る筈がないんだ。
――でも、僕だって怒ったりはする。
その理由は、至ってシンプルなものさ。
僕が怒っているのは……僕なんかを自分自身だと誤認している、その思考回路だ。
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