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第11話【僕の狡さ】

 今日も、片手の指では数え切れない程、一太郎君と僕は間違えられた。そんな中冷静でいられる程……僕は優しくない。  こんなにカッコよくて、可愛くて聡明で素敵な一太郎君を僕なんかと間違えるなんて……目は節穴なのか? それとも、脳みそが無い人種なわけ? 学習能力ってものは都市伝説?  今朝通った道を、反対向きに通っていく。  学校からの帰宅途中、一太郎君が鼻をすすった。 「……っ、く……っ」  まるで、いじめを受けている子供のようだ。……比喩のつもりで言ったけれど、実際、いじめと大差無いのだから言い得て妙というやつかも。  僕は涙を堪えている一太郎君の手を握って、笑みを向ける。 「一太郎君は、一太郎君だよ。大丈夫、僕が分かってる」 「僕は……一、太郎……っ」 「うん、そう」  自己を肯定したいくせに、僕との違いに確証を得たくない一太郎君は……きっと、狡い。  そんな矛盾、どうすればいい? 一太郎君には笑っていて欲しいのに、僕がいると悲しませてしまうんでしょう? でも、僕がいなくなっても悲しませてしまうだなんて……最高で最低だと思わない?  すぐに自己を見失うという事は、同時に僕の事も見失っているのと、同義だろう。じゃなきゃ、一太郎君の世界が複雑なわけない。 「ほら、分かる? 僕の手、温かいでしょう? 一太郎君の手は冷たい……だから、一太郎君は一太郎君だよ」  ――実のところ……魔法の言葉は、ある。  ――だけど、それを言う勇気が僕には無い。  何とか家に辿り着き、玄関先でキスをする。専業主婦である母親が見たら、卒倒するかも。  それでも、僕は一太郎君にキスをした。  唇を離し、同じ背丈の一太郎君へ囁く。 「今、キスされたのが一太郎君。キスしたのが壱太郎。難しい話じゃないでしょう?」  何度目か分からないやり取りを、しつこく繰り返す。そうでもしないと、一太郎君は泣き叫んでしまう。  上っ面だけじゃなくて、五感に叩き込まなくちゃいけない。全神経で、一太郎君が【一太郎】という自己を認識するのが、最もシンプルで最も手っ取り早い。そう気付いたのは、いつだったか。  たぶん、きっと、ずっと前だ。そう気付けたのは、確か僕だけの力じゃなくて……。  …………あ、れ……?  ――そう教えてくれたのは……誰、だっけ? 「ねぇ、僕」  僕を真似て、一太郎君も囁き声で話す。一太郎君の声が背筋だけじゃなく、背骨にまで抜けていく感覚に、体が強張った。  一太郎君の瞳は、まだ潤んでいる。 「もっと教えてくれないと……分からない」  次の瞬間、耳朶を甘噛みされた。  変な声を出さなかった自分を褒めたい。むしろ褒めてほしい。じっくり、しつこく、ねっとりと……ベッドの中で。  余計な事を考え始めると、それを払拭させるかのように、一太郎君が僕を求める。現に、さっきまで何を考えていたのか、すっかり忘れてしまった。  ……あぁ、魔法の言葉? だったかな? そうだ、それだ。  【自分が一太郎だ】と、一太郎君自身にハッキリと認識させる魔法の言葉……それを、僕は知っている。それはとても、簡単な問い掛けさ。  ――『僕は誰でしょう』と訊くのが、きっと……一番効果的。  ――けれど『分からない』と言われたら……僕はきっと、生きていけない。  ――そんな狡い僕は、ヤッパリ一太郎君と双子の兄弟なのさ。

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