優しい手付きに、安堵してしまう。権利なんか無いくせして、必死に一太郎君へしがみつく。そういうところがきっと、『狡い』んだろう。 　――でも、僕はどうしても離れたくなかった。 「う、うぅ……ッ！　か、かず……うぅぅ……ッ！」 「うん、うん。泣かないで、大丈夫。嫌ったりしないよ。分かっているでしょう？」 「でも、だけど……ッ！」 　二度と放すつもりが無いってくらい、ひたすらに力を籠めて抱き付く。一太郎君は立ったまま、頭を優しく撫でてくれた。 「泣き顔に弱いって知っているくせに、そうやって甘えてくるなんて……本当に、浅ましくて狡くて、度し難い子だね」 　罵倒のような言葉なのに、全然不快じゃない。そう言われたって僕が離れないって知っている一太郎君の方が、よっぽど酷い人だ。 　早く、謝らなくちゃ。ようやくそこまで落ち着いて、僕は一太郎君の胸に顔を押し付けながら、言わなくちゃいけない事を口にした。 「ご、ごめんなさい……ッ、一太郎君、ごめんなさいぃ……ッ！」 「それは、何に対しての謝罪？」 「かず、か……一太郎君、に……怖い事、させようとして……ッ！」 　全然思うように、言葉が紡げない。一太郎君が呆れてしまう。今度こそ、嫌われてしまうかもしれない。 　謝罪も満足に出来ない僕の肩が、冷たいものに包まれた。一太郎君の手だ。間違える筈がない。何故なら……いつだって、一太郎君の手は冷たいから。 　そのまま、距離を取るように……グッと、押された。 　本格的に嫌われたのかと思って、顔を上げる。 　――でも、何かが違った。 「違うよ、違う。分からないかい？　そうじゃないのさ。【させようとした】じゃなくて【しようとした】の間違いだよ……？」 　……意味が、分からない。 　嫌われたわけでも、謝罪を拒否されたわけでもないのは明白。だけど、僕等の会話は見えない齟齬が発生している。 　――じゃなきゃ、一太郎君が泣きそうな顔をするわけがない。 　元来、一太郎君は泣き虫じゃなかった。僕の真似をして、泣き真似が巧くなっただけ。 　でも、これはきっと本当。嘘じゃなくて、本気で泣きそうなんだ。 　――理解しなくちゃ。 　――今度は、僕が。 　――一太郎君の事を。 　僕は、一太郎君に僕を殺させようとしたから、怒っているんだと思っていた。でも、そうじゃないって一太郎君は言っている。 　『【させようとした】じゃなくて【しようとした】の間違い』……僕が、何かをしようとしたんだ。つまり、きっと……根本が違う。 　――僕は本当に、一太郎君が怯えている事象を理解出来ていたんだろうか……？ 『僕が、僕を殺してしまう事……それが、僕は一番怖い…………っ』 　――その【僕】は、誰？