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第2話
白いシーツの波間から抜け出し、白い空間を横切る。
白い壁、白い床、白いベッド。
遥か彼方にある白い天井にたったひとつある窓の向こうに、小さな四角い空が見えた。
鏡のない洗面台に向かい、蛇口をひねる。
出てくるのを拒否するように完全に沈黙したあと、水の束が勢い良く飛び出してきた。
生ぬるい滴 が、触れているうちに心地よく冷えていく。
透明な滝をしばらく眺め、僕はようやく顔を洗った。
手探りで見つけたタオルはふかふかで、昨夜の名残はまったくない。
コップに刺さった歯ブラシも、それについてくる歯磨き粉のチューブも、プラスチックのヘアブラシも、抜け毛のたった一本すら絡んでいない新品になっていた。
ブラシを当てると、垂れた髪の襟足が耳の付け根をくすぐってくる。
そろそろ、ドクターが髪を切ろうと言い出す時期かもしれない。
牧師の手を振り払ったあの日よりも前から、ずっと続いている同じ朝のルーティーン。
この四年間、変わったことがあるとすれば『依頼人』が増えたことくらいだ。
裏の世界で、僕の名前が知られるようになったのだ。
悪いことを企んでいる人たちは、それがいつ露呈するのか、いつ自分の足を掬うことになるのか、絶えず怯えながら毎日を生きている。
だから決して安いとは言えない金を払ってでも、僕の元へとやってくる。
自分の未来を予習し、それが望んだものでなければ、抗わなければならないからだ。
でも、僕は知っている。
未来は、変えられない。
僕の〝客〟となる人間とそれ以外の人間の違いは、訪れるべく未来を知っているか、否か。
ただそれだけだ。
どんなに必死に足掻いても、僕が視る未来 は変えられない。
必ず現実となるのだ。
知ってしまった者は、なんとか変えようと努力する。
知らない者は、黙ってそこに向かっていく。
その違いだけだ。
だが、それは大きな問題でもあった。
生きとし生ける者が必ず行き着く未来が、〝死〟だ。
死は、誰しもに平等に訪れる。
命というものは、終えるために生まれてくるのだ。
皆、いつかは死ぬ。
だから恐る必要はない。
それは正しい言い分だろう。
だが、間近に迫った自らの死を知ってなお、そう唄える人間は多くない。
僕の言葉は、人を恐怖に陥れる毒だ。
この部屋には鏡がない。
ガラスもない。
金属もない。
僕の姿を映し出すものも、術も、ここにはなにもなかった。
僕は僕自身の未来を視てはならないのだ。
この裏ビジネスには多くの陰謀が渦巻いている。
大企業の重役から、一国の政府のトップまで、やってくる依頼人は様々な世界を背負っている。
そして彼らは、僕の前で自らのすべてを曝け出す。
もしも誰かが口封じしようとしたとして、僕がそれを知ってしまったら?
恐怖に慄いた僕は、ここから逃げ出してしまうかもしれない。
万が一にでもそんなことになれば、ドクターが築き上げた裏社会の信頼は一気に失墜、ビジネスの崩壊は言うまでもない。
でも、ドクターは知らない。
なにがあっても、僕が逃げ出すことはないんだ。
だって僕には――
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