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第4話
『ドクター』
いつからか、彼は俺をそう呼ぶようになった。
俺は別に医者でも、ましてや博士でもない。
ただ依頼人のひとりがそう称したのがきっかけで、アンジェにとって〝名を持たない男〟だった俺は、『ドクター』になった。
彼にとって、俺はたったひとりの存在だ。
毎日送り込まれる依頼人たちを除けば、彼の世界の中の彼以外の住人は――俺だけ。
俺は、改めてアンジェを見下ろした。
プラチナブロンドと髪と、一見女性と見間違えそうなほど優しい顔立ち。
まるで自分を見ているようだ。
違うのは、ふたつの漆黒の瞳。
底の見えない闇が、そこにあった。
薄い唇は乾き、輪郭に沿って白い粉を吹いている。
薄っぺらい身体から生えている四肢は長く、そして細い。
どこからどう見ても、普通の少年。
だが彼と対峙する人間は誰しもが彼を敬い、そして畏 れる。
「どうしたの、ドクター。僕の顔、そんなに好き?」
アンジェが、はにかんだように微笑った。
「ああ、好きだよ」
白い頰に、うっすらと赤が灯る。
「そういえば今日は誕生日だな」
「ドクター、覚えててくれたんだ」
「当たり前だろう。なにか欲しいものはあるか?」
「欲しいもの……なんでもいいの?」
「金で買えるものならな」
アンジェは、薄い眉をキュッと寄せて考え込んだ。
いつになく真剣な様子に、つい口元が緩んでしまう。
そういえば昔、「おともだちがほしい」とアンジェが泣いたことがあった。
ちょうどこのビジネスが軌道に乗り始めて、俺があまり一緒にいられなくなった頃だ。
だからその年の誕生日プレゼントは、アンドロイドにした。
AI技術自体が未だ開発途中だったこともあり、半年もしないうちに壊れてしまったが、アンジェはそれなりに可愛がっていたようだった。
彼は、物を求めない。
形あるものはいずれその形を失うと知っているからだ。
人が、いつかは死ぬのと同じように。
その代わりに、形のないものは必要以上に欲した。
愛情も、そのひとつだった。
アンジェがいったいどこでそんな言葉を覚えたのか、俺は知らない。
もしかしたら、人間の本能なのだろうか。
愛して。
泣きじゃくりながら幼い手を伸ばしたアンジェを、俺は抱いた。
抱いて――後悔した。
気がついたからだ。
アンジェに愛を与えてやっているつもりで、俺は――…
「ドクター?」
輪郭を失いかけていた意識が、一気にクリアになる。
瞬きすると、闇の濃くなった世界の中心で、アンジェが心配そうに俺を見上げていた。
「あ、ああ……決まったのか?ほしいもの」
「……うん」
アンジェが、穏やかに笑む。
「あのね、ドクター」
「なんだ?」
「僕、自由がほしい」
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