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第3話

 これを誰かが読んでいる時、俺は多分この世にいない。  本当は記録を残すこと自体迷ったのだが、自分の気持ちを整理するために、あえて言葉にして綴ることにした。  なので、これより先は未熟な人間の戯言だと思ってもらいたい。 ***  俺は日本の、とある児童養護施設で育った。何故施設にいたのか、今でもよくわかっていないし興味もない。親の顔も知らないけど、別に知りたいとも思わなかった。  俺の世界にいるのは、兄・和人だけで十分だったのだ。 ***  ちなみに、小・中学校にはほとんど行かなかった。勉強は簡単すぎてつまらないし、同級生たちも幼すぎて相手にならない。だからと言って、みんなと違うことをしていると教師から目をつけられるし、同級生からも陰口みたいなことを言われる。  そんなところに行くより、一人でコンピューターをいじっていた方がずっと楽しかった。 「慧人は賢いね。日本にも飛び級があればいいのに」  そんな俺を、兄はいつも優しく見守ってくれた。周囲に馴染めない俺を兄は決して否定せず、理解して受け入れてくれた。  俺にとっての味方は、昔から兄しかいなかったのだ。 ***  ある日――兄が十八歳、俺が十一歳の時、俺たちは児童養護施設を出た。  兄は俺の面倒を見るため、大学に行かずに就職した。  俺が言うのも何だが、正直なんでそんなことができたのかわからない。俺のために我慢していたこともあったはずなのに、俺に対してはいつも「お前は好きなことをしていいよ」と言ってくれた。後々知ったが、俺がちゃんと進学できるくらいの費用をコツコツ貯めていたようだ。  本当に、俺にはもったいないくらい出来すぎた兄だった。  それなのに……。 ***  兄と二人で暮らし始めて三年、俺が十四歳の時だった。  当時俺は反抗期まっただ中で、兄に対しても軽く反抗していた。兄が悪いわけではなかったのだが、俺のために人生を犠牲にしていること、俺が足枷のようになっていること……それが気に入らなかった。  その些細な苛立ちが、積もり積もってある日爆発してしまったのだ。 「遅くなってごめんね。今ご飯作るから」  仕事から帰ってきた兄は、鞄を置いてすぐエプロンを着け始めた。スーツのまま着替えることもなかった。  そんな兄に、俺はムスッと声をかけた。 「作らなくていいよ。コンビニで買ってきた。兄さんの分もある」 「え、そうなの? ありがとう」 「……というかさ、俺のために急いで帰ってこなくていいから。子供じゃないんだし、食事くらいどうにでもなる」 「そ、そうか……。でもやっぱり、中学生の弟を放っておくのは心配で……」 「そういうの迷惑なんだよ! 何でもかんでも俺を理由にするな!」 「え……」 「少しは自分のやりたいことやれよ! 何でいつも俺の面倒ばかり見てるんだ! 兄さんは兄さんの好きなようにしろよ!」 「慧人……」 「もう俺のことは放っておいてくれ!」  そう言って、俺は勢いのまま自宅アパートを飛び出した。

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