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第8話

 だが、そんな幸せも長くは続かなかった。兄はだんだんおかしくなり始めた。 「今日は大学の研究室に行く。遅くなると思うんで、帰る時間になったら連絡するよ」  そう言って朝から出掛けようとしたのだが、そんな俺を兄は引き留めた。 「何で大学に行かなきゃならないの?」 「えっ……?」 「自宅でも十分研究はできるでしょ? ここにいてよ」 「いや、でも……。俺にも一応、仕事というものがあってだな……」 「でも離れたくないんだよ。お前がいない間にまた火事が起こったらどうするの」  痛いところを突かれ、俺は言葉を失った。  兄は俺を抱き締めて、言った。 「ね、一緒にいよう? 大学には『具合が悪いから休みます』って言えばいいよ。一日くらい平気だって。ね?」 「……わかったよ」  この時は俺が折れた。だが、違和感を覚えたのは確かだった。少なくとも、生前の兄は俺を束縛するようなことはしなかった。  ――これはプログラムの修正が必要かもしれない……。 ***  俺はその日のうちに、「メンテナンスだ」と称して一度兄をシャットダウンしようとした。プログラムのバグを発見し、元通りに修正しようとしたのだ。  ところが……。 「メンテナンスなんて嘘でしょ」 「えっ……?」 「僕をシャットダウンする気なんでしょ」  兄の目は、今までにないほど鋭くなっていた。こんな表情は今まで見たことがなかった。 「そんなの嫌だよ。せっかくお前と幸せに暮らしてるのに、なんでシャットダウンなんかしなきゃならないの」 「いや、それはな……」 「そんなひどいことする弟は、お仕置きしなくちゃ」 「えっ? あ、ちょっ……うあっ!」  兄は突然俺の脚を持ち上げ、間接をねじって無理矢理脚を折った。兄が俺に物理的な危害を加えたことなんてなかったから、俺は心底驚いた。  自力で歩けなくなった俺を、兄は軽々と肩に担ぎ上げた。そして寝室のベッドに放り投げてきた。 「僕にはお前しかいないんだよ。お前がどこかに行ってしまったら、自分もまた死んでしまう気がする。そんなのはもう嫌だ。だから、二度とお前を外には出さない」 「っ……!? いや、兄さんそれは」 「買い物だって、今はネットショッピングでどうにでもなるでしょ? わざわざ外に出る必要はない。お前はずーっと、僕と二人だけで暮らすんだ。それが一番の幸せさ」 「兄さ……」 「そうでしょ、慧人?」  そのまま兄は、俺に覆い被さってきた……。

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