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第8話
「決めたぞ双葉。俺はもう迷わない」
おぼろげに聞こえてくる尾白の声に、ゆっくりと瞼を開けた。
「んっ……おじろ、さん?」
いつのまにかベットから抜け出して、僕に背を向けたままの尾白の姿に、どこか違和感を覚える。
「番になったから……なのかな?」
昨晩の事を思い出して、思わず顔が熱くなってしまう。
そう、僕はとうとうあの尾白了史と番になってしまったんだ。
「まさかこんな結末になるなんて……思いもしなかったです」
「そうか?俺は違うけどな」
「え?」
僕の方を振り向いた尾白さんの手には、スマホが握られていた。
疑いたくない。
疑いたくなんかないけれど……。
「どうして……僕のスマホを?」
「警察に、俺達が今いる場所を教えるためだ」
「……え?え?」
なんで?
どうして尾白さんがそんな事をするんだ?
だって、警察なんか呼んだらーー。
「俺は最初、お前を殺すつもりだった」
淡々と話しだす尾白に、頭の整理が追いついていない僕はもはや声も出せず。そのまま茫然をその話を聞き逃さないように耳を傾ける。
「監禁されていて気づいたんだが。お前は本当に覚えていないんだな。妹である双葉に、日々暴力と性行為を繰り返していたことを」
今、何て言った?
「……ぼ、くが?」
僕が、双葉に?
いや、そんなわけない。
だって双葉は僕にとって大事な妹。寧ろ暴力と強姦をしてたのは尾白の方で……。
「双葉が俺に告白してきてすぐのことだったよ。会うたび会うたび双葉は痛々しい傷を作っては、擦れた声でいつも言ってたよ「お兄ちゃん、どうして……」ってな」
ふとその瞬間。
夢で見た双葉を思い出した。
いや、あれは夢なんかじゃない。
「あ……あぁあ……」
ある日、好きな人が出来たと双葉が言ってきた。
きっとその嬉しさを、兄である僕にはいち早く伝えたかったのだろう。あの時の双葉の笑顔は今までで一番輝いていたから……。
けど。
その言葉に、僕は怒りを覚えた。
僕はこんなに愛しているのに、こんなに双葉だけを大事にしているのに。
お前は、僕以外の誰かと幸せになるつもりなのかと。
「そうだ……僕は……」
「思い出したか?黒崎一」
「僕は……双葉を……」
夢の中で見た光景と同じ映像が、頭の中で流れ出す。
僕が付けた傷を残したくて、僕だけを見てほしくて、何度も何度も暴力をふるっては、無理矢理犯し続けた。
尾白にしてきた事と、同じ事を……僕は双葉にやっていた。
「だから双葉は、俺の家に逃げ込んで身を潜めてたんだ。お前に会わないために」
「じゃ、じゃあ本当は、双葉を監禁していたんじゃなく……」
「あぁ。寧ろアイツから俺の家に上がり込んでこう言ってきやがったよ「もう家には帰りたくない」てな。ま、でも結局警察に見つかっちまって、家に連れ戻されると思った双葉は、その場で死を選んじまったわけだがな」
ガンッ!と頭を殴られたようなショックが、僕の全身を震わせた。
ということは何だ?
僕は、自分がやってきた罪を忘れた挙句。それを全部尾白に擦り付けていたってことなのか?
しかもそれだけじゃない。
僕はその後、復讐の為とか言って尾白を監禁し。双葉にやってきた事と同じ事を繰り返し行っていたって事になる。
「そう、か……そりゃ父さんも不審がって警察に」
尾白と一緒にいるのがバレた時。僕の身の安全の為に父さんは警察に通報したと思っていたけど、本当は僕にこれ以上罪を重ねさせない為だった……ということか。
「僕の両親も、尾白さんに罪を擦り付けてたってわけですね……」
「さぁな?そこまでは知らねぇが。ま、別に一年で解放されたし。そこは気にしてねぇさ」
「許せないのは……双葉を酷い目に合わせていた僕だけって言いたいんですよね?」
「そりゃなぁ。挙句の果てに俺に罪を被せやがって。だから監禁された時、どっかで絶対テメェを殺してやろうと考えてた。双葉の仇を取ろうと考えていた。なのに……なぁ……なんでこうなっちまったのか」
どこか悲し気な尾白は無造作にスマホを投げ捨てると、僕の背中に腕を回し。熱い唇を重ねた。
「俺にはもう、テメェを殺せねぇ」
「そ、れは。どうして……」
「好きになっちまったからに決まってんだろ?じゃねぇと、番になんかならねぇよ」
トントンと僕のうなじを指でこついて、力が抜けた体を再び僕に預けてくる。
くすくすと僕の耳元で笑う尾白の声を聞く限り、今の言葉に嘘はなさそうだ。
「けど、こんな僕をどうして……」
「さぁ?それこそ俺が一番知りてぇよ。けどまぁ……やっぱ兄妹、顔も中身も似てるかと思いきや。双葉と違ってお前は料理が超下手で、変なところで不器用で、そして案外涙もろい。完璧に見えて全然完璧じゃないお前を見てると、ほっとけなかったし。なんか……可愛く見えたってのはあったかな」
「っ……結構僕の事好きじゃないですか」
「だから言ってんだろ。好きだから番になったって」
でも、それならどうして。
「どうして……警察なんか」
警察なんか呼ばなければ、僕達はずっと二人でいられるのに。
お互い好きなら、番になったのなら尚更。
「言ったろ?俺はテメェを殺せない。好きになっちまったから。……でも、だからこそ罪を償っては欲しいと思っている」
「罪、を……」
「そうだ。だから俺は、違う方法で双葉の仇を取ることにした。お前に今までの罪の重さを知って、償ってもらうために」
そう言うと尾白は、ベットの下に落ちていた一つのガラスの破片を手に取った。
ここは窓も割れてない比較的綺麗な部屋だったはずなのに、どうしてそんなものがベットの下なんかに……。
「お前が寝ている間に、その辺の廊下に落ちてたやつを拾ってきた」
ひゅっ。と息をのんだ。
どうしてわざわざガラスの破片なんかを拾ってきたのか。
どうしてそれをベットの下なんかに隠しておいたのか。
最悪な予想が頭をよぎるたび、鼓動が早まる。
「そ、んな……わけ、ない。ですよね?」
本能的に身体が動こうとする。
もし、本当に僕の予想通りだとしたら。
絶対に止めなくては。
「黒崎」
今まで聞いたことのない柔らかな尾白の声に、ピタリと足が止まった。
本当は抱き合いたい。
もっと側に居たい。
けど、もうこれ以上近づかないでほしい。
そんな矛盾しているようなことを言われているようで、僕にはどうすればいいのか分からなかった。
「そっか……僕はもう取り返しのつかないほどに、間違えてしまったんだ」
双葉に暴力をふるったあの日からーー。
僕の結末は、僕達の結末は決まっていたんだ。
「なぁ黒崎」
「……なんですか。尾白さん」
右手に持たれたガラスの破片が、ゆっくりと尾白の喉元へ当てられる。
「もしもお前が、自分の中で罪を償い終わったと思ったらーーーー」
薄く微笑む唇が、僕に最後の言葉を残していく。
そしてーー。
「テメェと番になれて……嬉しかったぜ」
部屋を染める赤い鮮血は、番になった痕さえも真っ赤に染める。
「あぁ……また、僕は失った」
尾白了史は、僕を怨んで、憎んで、愛して、そしてようやくーー復讐を遂げたのだった。
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