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第3話 コーヒー

──普通だ。 余りにもいつも通りの兄に、さっきの光景は、僕が見紛えたか、夢でも見ていたんじゃないか……という錯覚に陥る。 リビングのソファにドカリと座り、バラエティ番組を見て笑っている兄。 その様子を、洗い物をしながらチラリと盗み見る。 「おい心桜(みお)。コーヒー」 「………はい」 昔からそうだ。 兄は両親がいない所で態度がでかくなり、僕をよくこき使う。 いいご身分だなって、良く思う。 だけど、年齢差もあって腕力では到底太刀打ちできないし。機嫌を損ねたら後が面倒臭いので、こうして従っているけど…… 「……」 洗い物を中断し素早く手を拭くと、食器棚から兄のカップを取り出す。 普段はインスタントなのに。父がいない時に限っては、父専用のコーヒー豆で煎れたものじゃないと、煩い。 予め温めておいたカップに、ドリップしたコーヒーを注ぐ。 ミルクはクリームではなく、温めた牛乳。たっぷりめ。砂糖なし。 たったコーヒーを一杯煎れるのに、地味に面倒臭い。 ……まぁ、だから、僕にやらせてるんだろうけど。 「……はい、どうぞ」 湯気の立つコーヒーを、テーブルに置く。 ……さっさと片付けて、本屋に行ってしまおう。 「心桜」 兄に背を向け、キッチンに戻ろうとする僕を引き止める。 「隣、座れ」 「……」 あぁ、まだ片付けが残ってるのに。 チラリと流し台に目をやった後、渋々兄の隣に座る。 「……」 何だろう、この時間。 苦痛以外の何ものでも無い。なんなら、軽く拷問だ。 僕はテレビを見たい訳じゃないし、さっさと兄から離れてしまいたいのに。 そう思えば、さっき嘘でもいいから「出掛ける」って言っておけば良かった。 ……でも、そうしたらそうしたで、また色々と煩く詮索されるんだろうけど。 「……」 隣で兄が、馬鹿みたいにケタケタと声を上げて笑う。 テレビ画面には何人ものリアクション芸人が映し出され、繰り広げられる、痛々しい光景の数々── 「……コイツら、面白ぇな」 「……」 「心桜もそう思うだろ?」 「……」 ──これは、僕には解らない感覚だ。 虫唾が走る、っていうか…… 何でこんなものが面白いのか、全然理解できない。 人間の本能的な(さが)なのか。 相手を痛めつける、又は痛めつけられる事自体……もしくはそれを傍観する事を、楽しいと思える感覚。 例えそれが合意の上であり、仕事であったとしても。 僕は……軽蔑する。 人が苦しんでいるのを見て笑える奴の、気が知れない。

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