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第5話 元彼

……ああもう。早く出よう。 外出用の服に着替え、部屋のドアを開けた──時だった。 「……何だ、出掛けるのか?」 鉢合わせてしまった。 シャワーを浴びたばかりなんだろう。首に掛けていたタオルの端で、少し湿った髪を雑に拭いている。 加えて、上は裸。下はグレーの迷彩柄ハーフパンツという出で立ち。 「うん。ちょっと……」 「何処だ」 「……ツ○ヤ」 「なら、送ってってやる」 「………え」 モヤモヤする。 一刻も早く離れたいから、外出するのに…… 「車出してやるから、待ってろ」 「……」 うまく断れない僕も、僕だ。 歩いて行けない距離じゃないのに…… 店に着く道中、ずっと助手席から窓の外を眺める。 「……お前、観たいビデオでもあんのか?」 「いや。欲しい本があって……」 「漫画か。それとも、エロ本か?」 「………」 ニタつきながら、ねっとりと厭らしいトーンで聞いてくる。 兄の言う、『冗談』を交えたつもりなんだろうけど。 「……別に」 答えながら、自身の手首を掴んで擦る。 そこに未だ残る、兄に掴まれた感触。 チラリと車内のデジタル時計を見れば、あと数分で九時を示していた。 ──残り、あと三時間。 店に着き、眩い店内へと足を踏み入れる。 レンタルの方へと向かう兄からさっさと離れ、多彩な漫画の単行本が並ぶコーナーへと向かう。 ……とにかく、少しでも時間稼ぎしなくちゃ。 そう思いながら、本棚の端から端まで目走らせていくと……前から気になっていた漫画が目に飛び込んだ。 ……うーん。どうしよう。 欲しい。けど、一気に五巻はキツイな…… 手にした一巻の表紙をじっと眺めながら、買うかどうか考え倦ねる。 「……それ、買ってあげようか?」 突然、頭上から降ってくる声。 直ぐ背後から感じる、人の気配。 驚いて振り返れば、そこにいたのは──ビデオの中で僕を抱いていた、元彼。 「──!」 ……な……なん、で…… 驚き過ぎて、思わず半歩後退る。 「久し振りだね。元気にしてた?」 「……」 「まさかこんな所で、また心桜(みお)に会えるとは思わなかったよ」 懐かしい匂い。声。話し方。 心よりも僅かに早く、身体が反応してしまっている事に気付く。 「……」 ……迂闊だった…… 彼と初めて会ったのは……この店の、この場所だ。 「………別に。いらない」 顔を背け、スッと単行本を戻す。 顔を見てしまったら、気持ちがぐらついてしまいそうで。逸らしたまま、精一杯の強がりをして見せる。 「あんたとは、もう関わりたくない」 「………淋しいな。 もう、″お兄ちゃん″って、呼んでくれないのかい」 『………お、にぃちゃ、……っ、あぁン……!』 あの映像が、喘ぎ声が、否応なしに脳内で再生される。 ………ああ。今、思い出したくないのに。 「可愛い″弟″なら、両手に余る程いるだろ──!」 捨て台詞を吐き、早々に立ち去ろうと彼に背を向けた──時だった。

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