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第10話 温かなもの

『……ねぇ、君。よくここに来てるよね』 ツ○ヤで彼に声を掛けられた時──僕は驚きを隠せなかった。 『良かったら、これから一緒にご飯食べに行かない? ……今読んでる漫画、買ってあげるから』 だってまさか、大人の男性にナンパされるなんて、思いもしなかったから。 『……うん……』 それでも。 なんとなく身の危険を感じながらも、彼についていったのは…… 処女を奪われる前に捨ててやりたいという、父への当て付けもあったのかもしれない。 その一方で感じていたのは──この地獄に垂らされた、一本の『蜘蛛の糸』。 そんな夢みたいな淡い幻想を、何となく抱いてしまったから……… でも、レストランに入った時…… そんな淡い幻想は、シャボン玉のように容易く弾けて消えた。 眩い店内。笑い声。視線。 非日常の現実。 違和感しかない居心地の悪さに、頭がクラクラとする。 俯いてただ黙っている僕を気に掛けながらも、彼は嫌な態度ひとつも取らなかった。其れ処か。緊張を解そうと、笑顔で優しく接してくれる。 それが酷く心強くて。自分を情けなく思いながらも……彼に惹かれていた。 『……もう少し、落ち着いた場所に移動しようか』 食事を終え、お互いの連絡先を交換し、 レストランを後にする。 そして、誘われるままラブホテルへ…… 『……これ、は。──一体誰が、こんな酷い事を……』 胸や腹、背中に残る……ミミズ腫れのような傷跡。幾つかある、根性焼きのケロイド痕。 腕や脚には、最近付いたのだろう……青痣。 それらを曝すのは、あまり躊躇わなかった。 多分、見極めたかったんだと思う。 この傷を見ても、軽蔑しない人なのかどうかを。 僕の事を丸ごと受け入れ、あの地獄から救ってくれる人なのかどうかを。 『……もしかして、心桜(みお)くん……虐待、されてる……?』 『……』 彼の瞳に、同情の色が浮かぶ。 それと入れ違いに薄まる、劣情。 その瞬間、悪い人じゃない──と確信した。 ベッドの上。 仰向けになった僕の隣に、片肘をついて横たわる彼が、僕の前髪を優しく手櫛で梳く。 その手が離れ、僕の胸元にある腫れて盛り上がった傷跡にそっと触れる。 『……痛く、ない……?』 『………うん』 その膨らみを柔くなぞった後、唇を寄せ、その傷跡ひとつひとつに柔らかなキスを落とす─── 『……』 その愛撫ひとつひとつから感じる、ずっと欲しかった『温かなもの』。 彼になら、このまま身を委ねてもいい──そう思えた。 例えこの関係が、今回限りだったとしても。

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