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第11話 正常な人間
《今日、会えないかな》
彼からのメール。
あの日を境に、挨拶を含めたメールが毎日届いた。
彼と繫がっているというだけで、絶望しかなかったこの世界に一筋の光が射し込まれ、僕の心境にも変化を齎してくれた。
この地獄に垂らされた、一本の『蜘蛛の糸』。
いつか彼に『おいで』と招かれ、彼と同じ世界で生きられるかもしれない──希望。
だから……どんなに殴られようが、虐げられようが。
それを支えに『今日』を生き、『明日』を迎えられるようになれたんだと思う。
『……心桜 』
頬骨に残る青痣。
それを見た彼は、僕にまた会えた事を喜ぶよりも先に……痛々しい表情を浮かべた。
『……』
その反応に、この人は『正常 な人間 』だと感じた。
この人の傍にいたい。
そしたらきっと、僕も正常 な感覚のままでいられる──
『何があったのか、教えて』
そっと、壊れ物にでも触れるかのように……彼が僕の頬に触れる。
合わせた瞳は優しくて。
僕の心を、柔らかく解してくれて……
『………兄に……問い詰められて……』
『何を……?』
『……この前……帰りが、遅かったから。……どこで誰と、何をしていたのか……色々聞かれて……』
『……』
背中にそっと手が回る。
もう片方の手が僕の後頭部を包み、彼の肩口に引き寄せ……まるで子をあやすかのように、優しく頭を撫でてくれた。
『……ごめん。僕のせいだね』
『……』
首を横に振る。
おずおずと彼の背中に手を回し、彼の服をギュッと掴む。
彼の匂い。温もり。
彼から温かさを感じるだけで、胸の奥が柔らかく締め付けられる。
このまま溶けて、取り込まれてしまいたい。──彼の細胞のひとつひとつに。
『……心桜、』
ずっと一緒にいたい。
離さないで欲しい。
そう、願っていた……のに───
「………オイ、まだかよ。
チッ……声も出てねぇしよ」
「……」
イラついた兄の声。
変化の殆どない僕の陰茎に、退屈してきたんだろう。
「しょうがねぇな。……これでも見せてやるか」
勿体つけたように言いながら、どこか企んだようにニヤニヤと厭らしく笑みを浮かべる。
その悪い顔つきに変わった兄が、ノートパソコンに手を伸ばした。
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