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第17話 絶望の闇

「………」 これ以上、反抗したら── ガチガチと歯が鳴る。 意思とは関係のない滑稽な現象。 殴られてる時だって、こんなこと無かったのに………何で…… 脳内が酷く歪んで大きく揺れ、気が遠くなりそうにながらも──僅かに冷静さを取り戻した僕は、自分の身体が想像以上に震えている事に気付く。 「大人しくしてたら、痛くしねぇよ」 「……」 ──嘘だ。 カッターの時も、ジッポの時も、同じ事を言ってた…… こうしてただ怯えるだけの僕に、深い闇が広がる眼を見開き、口元を歪め、この状況を至極楽しんでるような悪い顔をして見せる。 「……力、抜け」 右手と自身の膝を使い、乱雑に僕の両足を開かせると、尻の割れ目に沿って左手の指がゆっくりと這われる。 やがて見つけた窄まり。そこに指先が宛がわれ、爪先が立てられる。 硬く冷徹な刃先──ゾクッと、背筋が凍りつき、恐怖が駆け抜ける。 震える唇を噛み締め、怯んだまま固く目を閉じる。 ローションも何もない乾いた指が、ソコにすんなり入る筈もなく…… 「………ぃ″、っ…!」 ズ、ズズ………、 爪を立てたまま、強引に捩じ込まれ 根元まで押し入ってくる指。 入り口は切れ、粘膜が傷付き、声を殺して苦痛に耐える中……内臓(ナカ)を抉るように強く引っ掻き回されれば、脳天まで突き抜けるような鋭い痛みが走り── 「……ぅ、いぁ″あ、ぁ、ッ……!」 耐えきれず、本能で膝を閉じる──と。 ゴッッ、 容赦のない、頭突き。 顔面の中心をもろに受け、再びの鈍痛が鼻奥に響き、熱いものが込み上がっていく。 顔を横に向ければ、鼻下から頬を伝って流れる新たな血。 口に広がる、鉄錆の味と独特の臭い。 目の前には……先程滴って出来た、水玉模様の乾いた、血── 「……大人しくしてろ、っつったろッ、」 二の腕を掴んだ手が、手痕がつくほど強く握り締められる。 「ちゃんと足、開いてろ」 「…………」 目だけを動かして、天井を見る。 そこからぶら下がっている照明器具が、僅かに揺れていた。 ここから見える、チラチラと舞っている黒い点々。 それら視界を遮り、間近に現れたのは……逆光になった事で不気味に映る、ニヤついた兄の顔── 「どうだ、……気持ちいいか……?」 「………うん……」 いつもは暴力で虐げるだけの兄が 鼻血塗れの僕に、まだ欲情している── 滑稽すぎる……こんな僕に。 頭突きの時に擦れたんだろう。 腹の上に、ドロッとした生温いものが濡れ広がっているような感じがする…… 一体、何が楽しいんだ。こんな事をして。 手酷く指を突っ込まれ、爪を立てたまま手荒く穿(ほじく)り回されたら……気持ちいい筈がない。 もう──痛みしか感じない。 「……」 いやだ…… ……こんな、奴に…… やだ。……絶対、やだ。 ……だけど、もう逃げられない── 長年染みついた恐怖を この身体はしっかりと記憶し、学習していて…… 手が、足が ………動いて、くれない…… 絶望に溺れ、虚ろになっていく視界。 その端にぼんやりと映り込む、カラーボックスに置かれた──デジタル時計。 ゆっくりと、その液晶ディスプレイに視線を移し目を凝らしていれば、次第にクリアになっていく、四桁の数字。 その瞬間── 僕を取り巻いていた絶望の闇が取り払われ、心の奥に、小さな希望の光が射し込まれる。 ───もうすぐ、零時だ。

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