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第2話 城主とのお目通り(1)

 今まで一度も任務に失敗したことのなかった緋月(ひづき)に初めて黒星が付いた。  忍び入った城で男に見つかり、地下牢で辱しめを受けて意識を飛ばした緋月が次に目覚めた時には身体が綺麗に清められ、絢爛で上品な調度品が置かれた部屋の中央で、肌触りの良い布団に寝かされていた。 (……誰が寝間着(これ)着せたんだろう……。それに、此処……何処だ?)  見覚えのない部屋の中を見回していると、スッと静かに襖が開き一人の男性が現れる。 「目が覚めたようだな」  彼はそう言い、緋月のところまでやって来ると傍に座ると 「俺の名は藤宮(ふじみや)匠佑(しょうすけ)玄九朗(げんくろう)様に仕えている者だ」  穏やかな笑みを浮かべて自己紹介をした。  玄九朗と言う名を聞き緋月の身体がピクリと反応する。 「……玄九朗……。日高(ひだか)玄九朗(げんくろう)か!?」  日高玄九朗──今回の任務は、その者の命を奪うことだ。  緋月の雇い主である津峩(つが)の領主の鬼邑(きむら)秋充(あきみつ)は隣国・摩敦(まつる)の国を制圧し自国の領土拡大を目論んだ。  しかし、戦をすれば自分たちにも被害が出るのは必須。そのため、摩敦を統べる若き領主の日高玄九朗の暗殺を緋月に(めい)じたのだった。 「そう。その玄九朗様がいたくお前を気に入ったそうだ……」  深い溜め息と共に匠佑は告げる。 「事もあろうに、お前を娶ると言い出したのだ」  思いもよらない男の言葉に緋月の思考が停止する。  二人のあいだに沈黙が落ち、そして 「…………はぁあ!?」  素っ頓狂な緋月の声がそれを破った。  ◆ ◆ ◆  とにかく一度、玄九朗に会うようにと匠佑が用意した着物に着替えさせられる緋月。 「おいっ、これ女物じゃねえか!」 「我慢してくれ。お前が男だということはごく一部の者しか知らぬ。仮にも嫁にすると言っているお前を、皆がいる大広間に男の格好のまま連れて行く訳にはいかないだろう?」 「そんなの、俺の知ったことか! 男なのに女の格好して見せ物になるなんて真っ平ご免だ!」  憤る緋月に、匠佑は 「お前の言い分は分かる。だが、堪えてくれないか、この通りだ……!」  と、土下座した。  その行動には緋月も驚き毒気を抜かれる。 「な、何だよ。止めろよ、そういうの……」  そして、渋々ながら女物の着物を身に纏う。  長い廊下を匠佑と並んで歩きながら 「……どうして、あそこまで出来るんだ?」  緋月は訊いた。 「土下座までして俺を玄九朗の嫁にしなきゃ駄目なのか?」 「初めて、なんだよ」  立ち止まり、緋月のほうへと視線を移す匠佑。 「玄九朗様が何かに……誰かに執着したのは、お前が初めてなんだ。だから、その気持ちを汲んでやりたい。例え男でも自分の傍にいてほしいと願う相手がいるならば、その願いを叶えてやりたいんだ」 「…………」  自分を見つめる匠佑の瞳の奥に、玄九朗への慈愛の念を感じ取る緋月。 「大切に想ってるんだ、玄九朗のこと」 「ああ」  誇らしげに言う彼を見て、緋月はふと考える。  自分は誰かから大切に想われたり誰かを大切に想ったりしたことがあっただろうか、と。  鬼邑秋充のことは正直、金で雇った者と雇われた者の関係でしかないと認識している。今回の任務も報酬は後払いだ。  地下牢での拷訊(ごうじん)に口を割らなかったのも(あるじ)への忠誠心などではなく、忍びとしての誇り故にだ。

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