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第2話

 鼻の先から尻尾の先まで真っ黒な俺達は、一回死にかけたことがある。前の秋、お腹が減って足元がよく見えないままふらふらと草むらの中を歩いてたら、側溝に落ちた。息吸ったら鼻と口から水が入ってきた。痛くて、苦しくて、もっと息を吸おうとしたら、もっと入ってきた。死んだ。違った、死にそうになった。  遠くで何か聞こえる。 「とりっくおっとりっ(trick or treat, trick or treat)」  人の言葉だ。その時の俺は、猫の言葉しか知らなかった。ただ、俺には関係ないことを言ってるのは分かった。  苦しい、水はもういらない。助けて、早く。目が見えない。鳴きたい、でも声でない。いっぱい鳴きたかった、もっとご飯食べたかった。  上からあいつが「だいじょうぶ(ニャーニャー)? 水おいしい(ニャー)? 俺も飲む(ニャー)」って言いながら俺の横に落ちてきて、バシャバシャしてたけど、すぐに黙った。多分あいつも水を一杯飲んでた。  苦しくて、静かなのに頭がわんわんなる。ご飯を食べてないのに、胸もお腹もいっぱいで、吐きそうで、でも吐けない。口をふさがれてるみたいだ。  身体が重くてげーってなった時に、急に後ろ肢を引っ張られた。身体がまっすぐに持ち上げられ、お腹押された。 うぇっ、うえぇぇ......ぎぇ......  鼻と口と目が痛い。だらだらとすっぱいものが腹の中から口の中に流れ出す。おぇー、が止まると前肢が地面に触れた。必死で手肢をうごかして、水のないところに身体を投げ出した。泣きながら目を開くと、影があいつを撫でていた。ニンゲンの形、でも分かる。ニンゲンとは違う、闇の中の方が好きなやつ。俺達に近い。  口のない真っ暗な顔から歌うような声が聞こえた。 「不憫だな。黒猫、野良猫、子猫で溺死」 「だまれっ!」 「こっちのやつは間もなく死ぬよ。お前、一匹残されて、哀れだな」 「だまれっ、だまれっ!あいつは死なない、お前なんか嫌いだ!」 「いててっ、そんな可愛い爪を立てたって無駄だよ。猫は魔物の眷属だ。助けてやろうって言ってるんだよ」  その時はまだ小さかった俺は、何を言ってるのか分からなかった。睨みつけていると、そいつは俺の首の後ろを摘まんで持ち上げ、振った。 「ふふん、かわいいな」  鼻先がぬるっとした。そいつのピンクの舌が俺の鼻と口を舐めやがった。 「何をする!」 って言ったつもりが、声が変だ。  びっくりしていた俺の横にどさっと白い大きいのが落ちてきた。  ニンゲンだ! しかも小さいのだ! あぶない!  でもその小さい白いのは寝転んだまま動かない。よく見るとあいつの耳と尻尾がついてる。やっぱりニンゲンじゃないかもしれない、って思った。 「んー、ちょっと失敗したけど、大体こんなかんじだろ? ニンゲンの形をしていれば誰か助けてくれる。お前たちに力をやろう。お互いの口を舐めればニンゲンに化けられる。元に戻りたければ尻を噛みあえばいい。ニンゲンに餌を貰って生き延びるがいい。無事大人になったアカツキには、二匹とも私のシモベにしてやろう」  それから、そいつは消えた。変な声で鳴いていると、すぐに大きなニンゲンがきて俺達を抱きかかえてくれた。  ツーホーだ、シセツだ、ホゴシャだとかギャクタイだって何回も騒いでいた。  怖くてずっと泣いてたけど、ミルクもらってあったかくして寝たら元気になった。  でも、ずっとニンゲンがきて話しかけてくる。それから耳と尻尾を引っ張った。寒い部屋で縛られてうるさい穴に入れられた。針刺されたり、服かぶせられたり、水をかけられたりもした。すぐに嫌になって、お互いの尻を噛んで猫に戻ったら、あっという間につまみ出された。  その時のあいつの歯型は、まだ俺の尻に残ってるはずだ。

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